文字を掘ることだけです

食べ歩き ,

「父として息子にしてあげられることは、文字を掘ることだけです」。
吉祥寺「中國菜 四川 雲蓉」で、息子の店を手伝うお父様はそう言われた。
中国の修行から帰ってきた息子が店を開くにあたり、三代続く印房を改造して飲食店にした。
「従来の店は三分の一になりましたが、印鑑を掘る仕事に変化はありません」そう言ってお父様は静かに笑われた。
そして本日の品書きは、お父様の手によって墨痕鮮やかに、書かれていた。
その気持ちが、その気持ちだけで、もうありがたい。
しかしいくらの字が達筆で、篆刻を生業にしてきた職人だからといっても、中国料理のことは知らないだろう。
サービスもままならないだろう。
そう思いがちであるが、とんでもない。
料理の説明は、時代背景や食事の詳しい説明など、都心のサービスより詳しく、懇切丁寧に説明している。
そして息子の作る料理は、極めて質が高い。
どの料理も淡く塩分がピタリと決まり、品があって、滋味深く、澄んでいる。
山椒他のスパイス類や発酵調味料の質の高さも感じられる。
的確な切り方があり、精妙な火の通しがある。
そして何より他店では味わぬ個性があり、四川省でも失われつつある伝統料理への深い敬意がある。
銘柄鶏のふわふわ炒め金華ハムの香りや回鍋甜燒白など手間暇がかかる料理を、他の客のアラカルトに対応しながら、一人きりの厨房で次々と作っては出してくれた。
我々は唸り、笑い、実力がある料理に酔いながら彼に言った。
「こんな大変な料理を作ってもらってありがとうございます。無理されたんではないですか?」
「いやいや、普段はあまりできないんで、ストレス解消に唸りました」。
職人の子は職人。
この親にして子あり。
またまた素晴らしき店に出会ってしまった。
全料理は