噛む喜び

食べ歩き ,

そのパスタは、「噛む喜び」を与えてくれた。
ご飯をよく噛むと、唾液に含まれる消化酵素「アミラーゼ」が、米のでんぷんを麦芽糖(マルトース)という甘い糖に分解し、甘く感じさせる。
同様なことが、小麦でも起こる。
この甘く感じさせる仕組みをパスタで生み出そうと、溝口シェフは考え、全粒粉を混ぜ、二週間寝かした。
麦芽糖の量は、精製小麦も全粒粉も変わらないが、グルテンのより多い全粒粉を混ぜて生地を寝かせると、グルテンが落ち着き、水分が均一に行き渡り、風味が向上するようである。
最初が、ほうき鶏のトロフィエだつた。
「擦り付ける」という名のリグーリア州のパスタは、元々コシが強いが、それは、「噛め噛め」と叫びながら、歯を押し返してくる。
その食感が、たくましいほうき鶏の肉質と相まって、コーフンを呼ぶのであった。
もう一つは、ウンブリチェッリである。
ウンブリア州のパスタで、トスカーナではピチ、別の地域ではストランゴッツィと呼ばれる、太いうどん状パスタである。
こちらは、キノコソースがあえられていた。
トロフィエより太いので、余計に噛む。
噛んで噛んでいくと、甘みがググッと膨らみ、ニヤつかせる。
パスタと歯がダンスを舞って、甘美を生む。
こりゃ楽しい。
そこで最後に素パスタをお願いした。
茹でて、オリーブオイルをかけただけである。
白皿に、白いパスタが横たわる。
なぜかその姿が、色っぽい。
食べてニヤリと笑った。
これは小麦との抱擁である。
がっしり抱き合って、互いの情を交わす。
そんな気配に、すっかり惚れてしまった。
日本橋「ムレーナ」にて