口に涼が吹き抜けた。冷たいだけではない。それなのに、なぜだろう。一幸庵の「水羊羹」は、箱を開けると、その色に目を細める。黒でも紫でもない、ほのかな藤色が刺した薄色に、小豆の呼吸が眠っている。小豆のありようをそのままに生かした、澄んだ佇まいを、黙って見つめる。一文字に切れば、水羊羹は潔く離れるが、残った生地から蜜が滲み始めて、台形となる。「行かないで」と、泣いているようで、わびしい。食べればつるんと滑り込み、噛むまでもなく、くたりとなって消えていく。わずかな甘みに小豆の香りを乗せて、消えていく。その時だ。口に風がそよぐ。「涼しいね」と、羊羹が囁く。小豆のつたない力を感じたのだろうか。精妙な甘みの中に、小豆がなる大地の風を感じたのだろうか。口に涼が吹き抜けた。