高知市は、カツオが溢れている。
どの飲食店の店先でも「カツオ」の文字が踊っているのである。
カツオの洪水に飲み込まれ、もうこれは、どうしても、なんとしてでも、「カツオを食べなきゃあかんぜよ」という気分になってくる。
おなじみの「カツオのたたき」だけではなく、皮をつけたままや皮を引いた刺身も揃っていて、旅人としてはその質の高さに魅了される。
最初に驚かされたのは、「塩たたき」という料理であった。
玉ねぎ、ネギ、ニンニクという薬味は変わらないものの、ポン酢ダレではなく、粒の大きい高知の天日塩を炙ったカツオの切り身にふりかけたもので、ポン酢よりもカツオの旨味が引き立って、酒が進む。
「高知に来たなら是非塩たたきを食べて」」と、「ひろめ市場」の「やいろ亭」に連れて行かれ、食べたのが最初だった。
塩だけで食べる。
それは鮮度と質が高いカツオが大量に流通する、高知という土地だからこそ生まれた食べ方なのである。
しかし、これで驚いていてはいけない。
これがカツオなのか! と、目を見開き、膝を打つカツオがあったのである。
「ゆう喜屋(ゆうきや)」は高知市内にある酒亭である。
この店で皮付きの刺身「銀造」と、皮を引いた刺身を食べて、愕然とした。
色からして違う。
深緋というか暗紅色というか、いままで出会ってきた濃い赤をしていない。
うっすらとピンク色がかった紅色なのである
銀造は、その薄紅色に銀色が対比して、皿の上で波しぶきが舞っている。
その姿は、凛として、手をつけるのをためらうほど神々しい。
色気と潔さが入り交じった自然の不思議を抱えている。
この上なく新鮮なカツオだからこその色なのだろう。
噛めばねっちりと舌にしなだれ、品のある脂の甘みが滲み出て、その奥にひっそりとたくましい鉄分が眠っている。
一片の刺身が、意志を持ったかのように舌の上で崩れていく。
僕はカツオとディープキスをしている錯覚に陥って、心が溶けてしまった。
食べ物に惚れるとはこういう瞬間をいう。
高知に来てよかった。
真のカツオに出会え、惚れてよかった。