「甘い」。
僕は西麻布にあった「カピトリーノ」で、トマトソースのパスタを食べて衝撃を受けた。
リングイネが、いつもより甘く感じたのである。
トマトソースのせいなのか、茹で加減なのか塩加減なのかはわからない。
いつものディチェコなのに、甘美に感じる。
この謎をなんとでも知りたい、
そう思った僕は、やがて経堂へと移転された店を追いかけ通い、しまいにはお願いして、吉川さんのインタビュー連載を二年半させていただいた。
ラッツィオ州の料理を毎月一品作っていただきながら、お話を聞くという幸運に恵まれたのである。
「コロナで二ヶ月も休むと、年寄りはきついです。カンも体もなまって、なかなか戻らない」。
そう言われながら、たった一人で作られた料理は、以前と寸分違わない。
日本のイタリア料理の先駆者である。
今では当然のようにイタリアで修行する若者がいるが、その道筋を作られたのは吉川さんである。
イタリアのホテル料理学校エナルクで勉強し、現地の店で働かれて戻られたのが、今から51年前になる。
つまり今現役で働かれている多くのイタリア料理のシェフたちが、まだ生まれていない時代に現地に行き、学んで、日本で店を開かれた。
料理は、一切てらいなく、余分なものがない。
塩加減も、うま味も、出っ張ることなく、パスタのソースの量も、食べ終わった時には皿に残らない。
どの皿も、味が丸く、優しい。
毎日食べても飽きない、ごちそうである。
もしあなたがイタリア料理が好きなら、一度行って欲しい。
ローマ料理、ラッツィオ州の料理しかないが、トマトソース、カルボナーラ、アマトリチャーナ、プッタネスカ、サルティンボッカ、アリオオーリオペペロンチーノの本質がある。
イタリア人に長く愛されてきた素直な味が、生きている。
「コロナが落ち着いて、早くイタリアに行きたいです」。
別れ際、日本よりイタリアが好きな、今年74歳になられたシェフはそう言って、優しい笑顔を浮かべられた。
「ホスタリア・エル・カンピドイオ」の全料理は、別コラムで