まぶたの裏には春

食べ歩き ,

徳川家康が好み、三河より品川沖に魚苗を移植したという白魚は、にぎり寿司や天ぷらと、江戸の料理に欠かせない。
最近は見なくなったが、白魚のにぎり寿司を,かつて日本橋にあった「千八鮨」で食べたことがある。
笹の葉に茹でた白魚を並べて握り、笹の葉をはがす。
酢飯の上で整列した白魚が愛らしく、幼いような、はかない甘さが広がって、切なくなる。
そんな鮨だった。
久々に神田「笹鮨」にいくと、白魚の握りがあると書かれており、思わずお願いすると
「白魚は生と煮たのがございますが、いかがいたしましょう」と言われたので
「煮たのでお願いします」と、すかさず答えた。
ノリを巻かれてまとまった白魚の下から見え隠れする、桜色の朧との対比が、まさに春である。
酒と少量の砂糖で煮含めた白魚は、酢飯と一年ぶりに出会った喜びを膨らませ、砂糖やおぼろの甘みの後ろから、自らの甘みをそっと滲ませ、心を焦らす。
目をつぶればもう、まぶたの裏には春が忍び寄っていた。