“とろまつ”

食べ歩き ,

反則である。
しかも食べ終わった瞬間から、次を夢見てしまう。
来年も食べたい。
そう願い続けてしまう常習性があるので、大変困る。
通称“とろまつ”。
松茸と大トロの握りである。
今年の松茸は、キロ40万円と史上最高値がついた。
上富良野で採れた最高級の松茸を蒸し焼きにし、手で細かく裂き、炙ったトロと合わせて握る。
一見、高級品だけを合わせたお遊びにも見えよう。
高級食材を喜ぶ人たちのための料理にも見えよう。
しかしそこには、正当な理がある。
今まで様々な松茸料理を食べたが、ここまでエロい料理はない。
口の中に入れると、香りが爆発する。
トロは脇役となって、存在感を消し、松茸の香りを膨らますことだけに徹する。
松茸の香りと抱き合った酢飯も色気を増し、口の中に官能が溢れる。
自分で何回噛んだかもわからない。
どうやって飲み込んだかも覚えていない。
とろまつは、喉に落ちた後も、存在し続ける。
口腔や鼻の襞に香りを散りばめ、貼りつき、甘美な余韻を残し続ける。
酒もお茶も飲みたくない。
今はただこの香りに、長く長く口の中で渦巻く香りに、酔いしれていたい。
香りは油溶性だから、キレのいいトロの脂に溶け込んで、香りを膨らましたのだろう。
とてもつもなく危険で、妖艶な松茸料理である。
「実は10年前からやっていました。ただ最初の頃は評判がよくなかった。今となって、最高の松茸とマグロを仕入れできるようになって、初めて完成できた料理なんです」。
そう工藤さんは言われた。
高級食材同士であるから、うがった見方をする人もいるかもしれない。
しかし虚心坦懐に味わってほしい。
そこには高価だとか安価だとかを超えた、食材への素直な敬意が、厳然とあることを知る。
そして。
料理とはなにかという答えも横たわっている。
札幌「鮨一幸」のすべての料理は、別コラムを参照してください