茶漬け好きだった魯山人が考案し、最高の茶漬けと言わしめた茶漬けを、魯山人茶碗でいただく幸せに預かった。
以前も特別にお願いしていただいたことがあるが、これは夏に限る。
活きたさいまきエビを佃煮風に煮て、お茶をかけるという、ゼータク極まる茶漬けである。
活きさいまきエビは、天ぷらや寿司に限る。
甘辛く煮てしまうなんて、さいまきエビの繊細な甘さを殺してしまうではないか。
普通はそう思う。
だがそこは活きである。
佃煮風に煮ても、あの品のある甘さが伝わってくるのであった。
佃煮風と言ってもしっかり煮しめられているわけではないから、肉体はしっとりとしている。
表面の甘辛い味わいを感じつつ噛みしめれば、中からは優しい甘みが滲み出る。
それをご飯で受け止める。
この日は、煎茶で出汁を濾したものをかけた。
茶の苦みとほのかな甘み。ワサビの辛味、出汁のうま味、エビの甘み、味付けの甘辛味が。互いに淡いながらの調和を奏でて、実に雅な味となり、舌から喉に向かって、さらさらと流れていくのであった。
うだる夏を癒す清流のように、体を清めていく。
最後に、魯山人が書いた文章を載せる。
ちなみにお漬物の小皿も、魯山人である。
元赤坂「懐石 辻留」にて
えびのぜいたくな茶漬けを紹介しよう。これまた、その材料の吟味いかんによる。これから述べようとするのは、東京の一流てんぷら屋の自慢するまきと称する車えびの一尾七、八もんめまでの小形のもので、江戸前の生きているのにかぎる。横浜本牧あたりでとれたまきえびを、生醤油に酒を三割ばかり割った汁で、弱火にかけ、二時間ほど焦げのつかないように煮つめる。� こんなえびは誰の目にも無論見事だし、一尾ずつで上等のてんぷら種になる材料だから、よほど経験のある食通でなければ、やってのける度胸は出まい。これをいきなり佃煮風にするのは、もったいない気がして、ちょいとやりきれないが、それをやりおおせるなら、その代わり無類のお茶漬けの菜ができるわけだ。つまり、本場の車えびを醤油と酒で煮た佃煮である。� 例のように熱飯の上に載せる。茶碗が小さければ半分に切ってもいい。それに充分な熱さの茶を徐々にえびの上からかける。すると、醤油は溶けてえびは白くなる。やがて、だしが溶けて、茶碗の中の茶は、よきスープとなって、この上なくうまいものとなる。� 季節はいつでもよいが、夏など口のまずい時に、これを饗応すれば、たいていの口の奢った人でも文句はいわないだろう。� えびは京阪が悪くて、東京の大森、横浜の本牧、東神奈川辺りで撮れる本場と称するものがいい。こういうものを賞味するようにならなければ、食通とはいえまい