もしあなたが、割烹を食べ歩いていて、酒飲みで、酒肴が好きで、
保守的ではない舌をお持ちなら、この店は危険である。
店名「てんぷら まつ」。
京都松尾、桂川のほとりに立つこの店の外観はさりげない。
長い間いろいろな店に行ってきたが、もし知らんかったら、この外観では期待できぬと思うだろう。
内装もそっけない。
「三年前に体を壊しましてな。口もきかれんようになってしもうて。それでこれからはもう、好きなように料理を作ってやろうと考えたんです。それまでずうっと茶懐石やっとたんですが、毎日、毎年同じようなことばかりでつまらなくなって」。
そうご主人は、うれしそうに語った。
病がご主人を解放し、仮借なき個性を飛翔させ、創造的人生を飛躍させたのだ。
料理を出し、説明するときのご主人のうれしそうな顔といったら。
自分のおもちゃのコレクションを自慢するかのような、子供の笑顔だ。
「秋刀魚の鮨にからすみ、このわたの茶碗蒸しです。幸せの種をつかんでいただけるよう、バジルシードを浮かべました」。
突き出しからいきなりこちらの心わしづかみである。
「酒だ酒だ、酒もってこい」。
心のうちに住むバッカスが騒ぎ出す。
続いて。
「うにのスープです。今の時期一番おいしくなる北海道とは違う淡路のうにを味わってください。
うには暖めると風味が増すからね」。
ああ、一口吸って崩れ落ちた。
海の豊饒が押し寄せて圧倒する。
やさしく豊かな味わい。
そこにうにを口に含んでつぶせば、甘みが爆発してアドレナリンが放出した。
聞けば、だし2に酒7.5に貝のだしを合わせたものであるという。
まさしくうにのポタージュ。
だしが出すぎず邪魔すぎず、静かに底支えをして、うにの風味を膨らませた見事なバランス。
単なる創意工夫、独創性だけではない、食材への敬意に満ちた考えがあるからこそ、感動を呼ぶ。
「ただもんじゃないぞ」と身構えていると、
「但馬牛の炭焼き、おぼろ昆布のせ、そのままでどうぞ」ときた。
器は魯山人、ますますただもんではない。