松本市「あや菜」

運命の店2

食べ歩き ,

前回まで
松本市で2軒に振られ、仕方なく訪れた店に恵まれた。
盃を重ね、「ふきたっぷり味噌」とおにぎりを頼んだ。
すっかり仲良くなった隣の初老男性は、運ばれてきた山菜天ぷらを「おいしい、おいしい」と言って、食べている。
彼は3/11の時に怖くなり、東京から松本に妻と二人で移住してきたという。
人がよく、空気がよく、食べ物がよく、水がいい松本を、奥さんんと二人で楽しまれていた。
だが奥さんは癌で、去年おなくなりになってしまった。
「寂しいです。でも妻は、こちらでたくさんお友達を作ってね。この店のお母さんとも友達になって。だから僕も来るようになったんです」
優しそうな笑顔を浮かべながら話された。
「はい、これはサービス。隣でおいしいおいしいって言われたら、食べないわけにはいかないものねえ」そう言って、コシアブラの天ぷらを出してくれた。
店主自ら山に入ってとってきたものである。
鼻腔の汚れが一掃されるような清い香りが吹き抜ける。
そいて品書きに嘘はない。
ふきたっぷりと書かれた蕗の薹みそは、刻んだ蕗の薹に少しだけ味噌を入れましたといった感じで、通常の蕗の薹と味噌の量が逆転している
だからうまい。
だから酒が進む、
そして最後のおにぎりは、山菜のおにぎりだった。
「ポップとウドの新芽 こしあぶら、茗荷と胡麻を入れてます」というこのおにぎりは、一生忘れない。
米が山菜の精気に触れんで喜んでいる。
僕らも山の木良き香りと米の出会いに、心はずむ。
「ご馳走様でした。またいつかお邪魔します」。
「ありがとうございます。またお会いできることを、楽しみにしております」。
「今度はキノコの季節がいいですよ」。そう言って男が、また優しい笑顔を浮かべた。
もし焼き鳥屋が臨時休業せず、人気居酒屋に席があったら、一生来ることはなかったかもしれない。
このいただいた運命を太くするたまにも、秋にまたいくぞ。