「いらっしゃいませぇ~」。
店に入るなり、気持ちいい。
代々木八幡駅に張り付くようにある「八幡そば」は、ご主人の声がいい。
語尾のトーンを上げて、快活な声で受け答えするものだから、調子がいい。
「ざるそばです」と、女性店員がいえば、
「はぁ~い」。
返却口に丼を返すと、
「ありがとうございます。助かりまぁす」。
そんなやり取りを聞きながら食べるそばは、うまい。
昼前だったので、客は一人。二十三歳耳ピアス黒短パンに黒シャツミスチルヴォーカル似のハンサム君が、冷やしかき揚げそばを食べていた。
食べ終え、水を飲み終えると、数秒虚空を見つめ、小さくうなずいた。
いい。
いま終えた行為への感謝がにじみ出て、清清しい。バンド活動がんばれよ(勝手に決めるな)。
やがて混んできた。
見習いだろう、推定二十歳のコックが入ってきて、冷やし春菊天にきつねを注文、頼むなりメールをチェック。
運ばれてきても、30秒メールをチェック。料理人を目指すなら、早く食べなさい。
60代後半のおじさんは、ざるそばを注文。
海苔をそばと完璧に混ぜてから、つゆにどぶんと浸け、勢いのいい音を響かせながら、たぐっている。いいネ。
食べ終わると、つゆ飲をみ干した。
おじさん、血圧丈夫なんですね。うらやましい。
ボクは、「かき揚げそば」四百三十円に、ゲソ天百円追加。
そばの上に、かき揚、ゲソ天、わかめとひしめき合う。まずはそばを一口。
細打ちそばは、そばのそばたる味が漂う。
街のそば屋がちょっと恥ずかしくなっちゃうようなうまさである。
つゆもだしの香り高く、かき揚げは、玉葱天ぷらといってもいいほど、玉葱のざく切りがたっぷり入り、それに花びら型の人参、桜海老、葱が入っている。
ゲソ天も、ありがちな、噛む力を試されているような固さからはほど遠く、わかめも厚みがある。
壁を見れば、「新しい素材にどんどん変えていく」。「利益より安心サービスを! 国産品使用の店」といった張り紙がある。
普通、こういう断りはいやらしいが、ここではそう感じない。
なるほど、あの快活な声の根っこは、これだったのね。