「アラづくしの会」

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一月某日、銀座「寿司幸」にて、「アラづくしの会」が開かれた。

寿司幸のカウンターを埋め尽くした男女はすでに興奮状態で、むんむんとした食欲だけが充満していた。なにせ主題がアラである。滅多にお目見えできぬ高級魚である。

そこへご主人がアラの頭を持って登場した。頭の長さが約四十センチ、体重四十キロ体長一・四メートルの巨大アラ。築地でキロ数万円、頭だけで四万円という、控えおろう頭が高いアラ様である。

ここで少しアラのお勉強。本日いただく魚の正式名はクエ。関東で「もろこ」関西で「くえ」九州で「あら」と呼ばれるスズキ目ハタ科マハタ属の魚である。一方でスズキ目スズキ科アラ属のアラという魚もいるのでややこしい。ただしどちらも美味。漁獲量の少ない高級魚である。

さてアラづくし、手始めは昆布〆アラの握りが置かれた。白い身にうっすらと刺した薄紅色が美しい。なんでも他の白身魚と違い、刺身にしてから五時間ほど昆布〆したということで、そうでないと切れなくなるという。食べればしかり。特有のたくましい肉質が歯に絡みつき、しなだれかかってくる。昆布の旨味がアラに相乗して顔が緩む。

次は昆布と塩だけで調味した、トリュフと腹身の蒸し物。獣肉のような脂を感じさせる味とむっちりとした歯応えを、トリュフが妖艶に盛り上げる。さらにご主人、年代物のバルサミコを取り出した。柚庵地にバルサミコを加えた、柚庵焼バルサミコ風味の仕上げに、年代物の風味を加えようという算段だ。熟成した酢の深い甘みとコクが、アラの滋味を浮かび上がらせる。トリュフもバルサミコも目先の新しさではなく、アラの濃密な特性を見抜いてぶつけたご主人の感性が光る。

さあ中盤。今度は先ほどから厨房で湯気を立てていた大鍋が運ばれる。見れば、醤油色もつややかに、さっきご対面した頭と腹身が鍋一杯に煮込まれているではないか。茶色い汁の中でてらてらと光るアラのアラ。我先にと食べれば、ねっちゃり、つるりん、くにゃり、むちむち、ずるり、ぷりりん、ふんわりと、皮や白身や目玉や唇や頬や脂が、唇やら舌やら歯やら上あごに訴えかける。官能的な食感に、一同心奪われ、骨を持ちただひたすら無言でしゃぶりつくす。
うーんと、豊かな食感のダイナミズムに放心していると、すかさず鍋が運ばれる。 これまた淡白ながら荒々しい(洒落じゃないですよ)。初めは淡い甘さが広がり、噛みこんでいくと次第に猛々しい滋味が湧き出てくる。フグのジビエ版という感がある。汁は、そんなアラから滲み出た旨味を含んで、細胞に染み渡り唸らせる。穏やかで深遠。白菜や葱にも染みてまたまた唸る。

そして閉めは粕汁。粕の甘みにアラの野生入り混じって胸を突く。粕汁が突如色気に目覚め、われらを誘惑しようと迫ってくる。これまたご主人の計算がお見事。

アラは、コラーゲンが豊富で筋肉をがっしりと包み込んでいるのだろう。人間なぞに食われてたまるかと引き締まっていて、ただのデブではない矜持がある。風格と尊厳がある。

だからこそ、九州場所で食べるアラを、力士たちは心待ちにしているのだろうか。贅沢な夜とご主人の技に感謝しながら、そんなことを考えて箸を置いた。

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