ステーキも食べた。

丹念に作られたスープも飲んだ。

カニコロッケも食べた。

「ふうっ」。満足のため息をついて、「本当においしかったです」と大島シェフに伝えると、「炒め飯がですか？」と、いたずらっ子のような顔で笑われた。

「島」は、ステーキの店である。特製の炉で回しながら焼かれた肉塊を切り分け、肉を食らう喜びに浸る店である。

当然ながらお客さんは、みんなステーキを楽しみにやってくる。

しかし店名前に「西洋料理」とあるように、ステーキ以外に数多くの洋食料理がある。

これらが困ったことに、みな逸品であり、今晩はステーキ以外になにを食べようかと、心を千々に乱すのである。、

３日間かけて作られた、コンソメの滋味と、甘味を越えた玉葱の精が心を温める、オニオングラタンスープ。茹でたてのずわい蟹や毛ガニをたっぷり詰め込んだ、贅沢なカニコロッケ。

注文してから、肉を切り、きざみ叩いて作られる、肉々しいハンバーグ。すまし汁のような澄んだ味のデミグラソース。

品を漂わせながら、丸く奥深いうま味が津波のように押し寄せて、陶然となる、タンシチューやオックステールのシチュー。

どうです。たまらぬ打順ではありませんか。

そんな中でいぶし銀の光を放つのが、この通称“炒め飯”こと

ガーリックライスである。

注文すると、大島シェフがフライパンでにんにくのみじん切りを炒め、ご飯を入れて、しゃくし菜漬の刻んだものを投入する。

さらに鉄板にご飯を移しては広げ、ヘラで時には切るようにし、炒めては返し、また広げ、米一粒一粒に、火が入るように目を凝らして炒めていく。

最後に一呼吸おいて皿に盛る。

目前に置かれた瞬間に、甘い香りに変わったにんにく香が顔を包み、食べれば、油を感じさせずに、はらりはらりと舌の上で米が舞う。

そこへしゃくし菜の適妙な酸味が後押しをする

大変危険な炒め飯である。

散々洋食を食べ、ステーキを食べ、もう食べられないと思った後でも、するすると入ってしまう。

中には大盛りで頼む人や、カレーライスをかけてくれとお願いする人もいるという。

そんなお願いでも、大島さんは、にこやかな顔ですぐに応対する。先にあげた料理も、どう頼もうが、臨機応変、当意即妙に出してくれる。

今「島」は、連夜満席である。

海外からのお客様も多く、夜二回転の日もあるという。「素晴らしいですね」と僕が言うと、「お客さんが、お腹いっぱいになって満足して帰っていただけたら、ありがたいと思うてます」。

そう大島さんは言って、屈託のない笑顔を浮かべた。

商いさせていただけてありがたい。

お客様にきていただけてありがたい。すべての料理にも、炒め飯にも、大島さんの「おかげさま」の想いが染みこんでいるからこそ、お客さんは虜となるのである。