「すし匠」のご主人中澤桂二さんは、来年で店をたたみ、ハワイで店を開くという。
今は絶頂期である。つまみの合間に、握りを挟む独自のスタイルは、寿司好きや魚好きを魅了し、予約は、先々まで埋まっている。
また、創業来26年の間に多くの弟子を輩出し、独立店は、いずれも人気店で評価が高い。
そんな絶頂を捨て、なぜハワイなのか。そこに「進化する寿司」への答えはあるのだろうか。
まず独自のスタイルが、誕生したいきさつを聞いてみた。
「少しずつの進化なんです。バブルが弾けて今の場所で店を開いたときは、肴を出して握る順番でした。でも、お客さんがつまみで飲んでいる間も、握りたいわけですよ。そこで、「お客さん1個だけ、ちょっと間に、いいですか」というところから、2~3個入れるようになり、少しずつ入るようになって、今のように、握りの方が多くなりました」。
20数種出されるつまみと握りは、変化に富んでいる。
小ヤリイカ印籠詰や海老のおぼろ漬けの握りといった古い仕事もあれば、昔の青柳の香りがするよう煮汁に漬けた、煮小柱の握りといった、新しいが昔の青柳に敬意を払う仕事もある。
鮟肝と西瓜の新香の握りといった名物もあれば、ブリや鮪など、得意とする熟成させた魚の握りもある。また酢飯は、魚に合わせて赤酢と白酢の酢飯が用意され、魚のっ風味を持ち上げるべく、ぴたりと寄り添う。
その間、鰆の皮の炙りや刺身類、桜の葉の香りをつけた桜鱒、常磐メヒカリ焼といった肴が、絶妙な間で出されるのだからたまらない。
「僕は、「食楽」っていう話をするんだけれど、職人の自己満足で、魚を仕込んでいると、魚に愛情がいき過ぎて、職人側が優位になってしむことがある。お客さんが最後に楽しく帰らないと意味がないのに」。
その心根で、鮟肝や金目、牡蠣など新しい仕事にも臨んだ。
「スポーツでも昔の教えと真逆なことがあるじゃないですか。すし匠に入って習ったことと、真逆のことをやっているんですよね。だからもしかしたら、現時点でも真逆なことあるかもしれない。世の中、みんながやっているからやろうじゃなくて。こうじゃないかなっていう可能性をみていくのも、職人の仕事かなと思うんです」。
おそらくその可能性を求めて、ハワイに渡るのだろう。
「英語も出来ず、ワインも飲まない。似合わないんですけどね。
現状は、過保護で刺激がない」。
日本から魚を運ぶことなく、地産地消でやるつもりだという。そのため現地の魚屋や漁師とコミュニケーションを取り始め、締め方や保存の仕方を、相手を立て、気を使いながら、少しずつ教えていっている。
ワサビ園も見つけたので、御殿場のわさび生産者を連れて行って、アドバイスをしてもらう。
素晴らしい焼酎を作っている日系人も見つけた。鮑も、自分の生簀をもらいうけ、若芽で育てようと考えている。
「四ツ谷よりレベルを上げないといけません。ライバルは、東京、今まで自分がやってきたことです。世界一のさらしのカウンターを目指します」。そういって、実に嬉しそうな屈託のない笑顔を浮かべた。
職人である。現状に満足せず、常に明日を見る職人である。
実現すれば、寿司の世界で初めてのケースになろう。進化とはまさに、こういう時に起こるのかもしれない。