親子丼の主役は玉子である。
ダシを優しく包み込みんでとろりとなった半熟玉子。
香りとコクが引き出されたこの玉子こそが、ご飯を掻き込ませる主役なのだ。
一方親の鳥肉は、出しゃばらない。
いい肉だからといって、これ見よがしな大きな塊では、丼のバランスが崩れてしまう。
ご飯が掻き込みやすいよう、あくまで控えめに。
ただし小さな肉片でも親の尊厳を保つため、滋味の主張は忘れてはいない。
つまり親子丼とは、子供の魅力が表に出るように、親が子の引き立て役に徹した、親子愛に満ちたどんぶりなのである。
だからこそ人はうまい親子丼を食べると、笑いだし、満たされ、幸せな気分になるのである。
そんな愛に満ちた親子丼の僕にとっての理想は、銀座のバードランドだ。
玉子の火の入り具合、鳥肉の大きさ、旨味と食感、つゆの濃さと量、ご飯のおいしさ、全体のバランス。
すべてが寸分なく決まった、一点の曇もない親子丼だ。ただ残念かな、親子丼だけの注文は不可能なので、今回は割愛させていただく。
代わりに今のお気に入りを三店。
最初の一軒は京都からの出店である八起庵。
滋賀県安雲川に自家養鶏場を持つ、かしわすき焼きの専門店である。
それだけにちょっと鳥が大きいのが玉にきずだが、玉子とじは綿布団のようにふうわりとまとまり、香り豊か。
口に含むとダシがじんわりにじみ出て、玉子の甘みと交じり、思わず笑みがこぼれ出る。
出汁が甘すぎず、九条ねぎの香りも生きている。
周囲にふられた山椒も程よいアクセント。
鳥も肉質がたくましく、味が深い。
中央に落とされた生の黄身はすぐつぶさず、少し温まってとろりと甘くなったところでつぶし、ご飯と合わせるのがよい。
親子丼の水準が高い、京都の地ならではの仕事が光る親子丼だ。
次は東京の下町風親子丼。
昼の混雑時には秒単位で親子丼が作られるが、全体の半熟状態を均一化するため、二回に分けて流し入れる玉子の火入れに、ぶれがない。
ほどよく半熟になった玉子を、手際よく、ひょいひょいとご飯に乗せていく。
甘すぎないつゆはやや多目で、下町風の下手な味わいだ。
最後にそば屋の親子丼を紹介しよう。
「利休庵」のそれは、最近は少数派になった三つ葉と海苔の香りが漂う親子丼である。
鳥も素直な味わいで上等。
ダシを吸わせながら柔らかくとじた半熟玉子と、ねっとりと舌にからむ生の黄身の両者のコクが合わさって、熱々のご飯を猛然と掻き込ませる。
つゆは甘辛く、たっぷりとかかる。実質的なおいしさに心が弾む、昔風親子丼である。