小学生のころ、初めてグラタンを食べて腰を抜かしたことがある。
香ばしい熱々の焦げた薄皮、とろんと舌にからむ白い液体、やさしいマカロニの食感、バターの香り、粉の甘み。世の中にこんなにうまいものがあったのかと、心底驚いた。
以来僕は、グラタンの信奉者だ。
レストランでは真っ先にグラタンを探し、家庭では三人前のグラタンを一人で平らげる。
グラタン好きでは人後に落ちない。
しかし最近の悩みは、洋食屋のメニューからグラタンが消えつつあることである。
洋食自体のご馳走感が薄れたせいか、ペシャメル(ホワイト)ソースを作る手間を嫌ってか、グラタンは希少料理になりつつあるようだ。
それゆえに新しい店がなかなか出てこず、おいしいグラタンに会いに行くのは、変わらず老舗格の洋食屋なのである。
中でも愛してやまないのが、香味屋だ。
チーズがふられた香ばしい薄皮を破ると、甘い湯気が立ちのぼり、旨味を閉じ込めた白いソースが現れる。
適妙な塩加減、ほの甘い味わい、バターのコクと香り、プリリと弾ける芝エビ、玉葱の甘み、極微塵のピーマンのアクセント。
すべてが調和してやさしく舌にからむ。
その風味を盛り上げる要はソースの濃度だ。
フォークでどうにかすくえる程度の緩さがよく、その軽やかさこそが、我々を夢見心地に誘ってくれる。
もう一つの要素は焦げだ。
グラタンというフランス語が、表目に焦げ目をつけ薄皮を作る料理法を指すように、焦げは重要なポイントである。
食欲を誘う濃げ色が、万遍なくついていることが、おいしいグラタンの条件だ。
香味屋のグラタンには、この二つの要素が見事に整った品がある。
洋食が文化の香りを漂わせていたころの、職人の志が息づいているのである。
同じく文化の香り漂う煉瓦亭にも、すぐれたグラタンがある。
こちらの特徴はロングマカロニを使っていることだ。
昔の洋食屋に多かった仕事で、上質なコク深いペシャメルソースが、長いマカロニからんで、ぬるんっと唇をすり抜けていく。この色っぽい食感は癖になる。
もちろんソースの豊かな風味、濃度、焦げ具合も上等で、老舗洋食屋の風格漂うグラタンだ。
一方EDOYAのグラタンは、エビに特徴がある。
ブラックタイガー三匹を三等分して入れてあるのだ。
さらりとした濃度の甘い風味漂うソースの中で、海老がたくましい食感を弾ませ、食べたぞという気分を運ぶ、ご馳走感漂うグラタンだ。
さあどうです。今日からどしどしと注文して、グラタンの復権を計ろうではありませんか。
EDOYA閉店