鶯谷「パティシェ・イナムラ・ショウゾウ」 赤坂見附「SATSUKI」

モンブラン

寄稿記事 ,

  • satsuki

栗は幸せを呼ぶ食べ物だ。

いまでは年中食べられるが、秋に食べてこそ真価が増す。

冷え冷えとした秋の大気の中で食べる、ほっこりとした栗の甘さには、なににも変えがたい幸せがある。

やさいし甘みに気分が緩み、大人も子供も純朴な気持ちになってしまう。

そんな栗の魅力を閉じ込め、引き立て、夢みる気分にさせてくれるのが、モンブランだ。

アルプスの名峰に見立て、茶色の岩肌に雪を抱いたモンブラン。

雄大であり、愛らしくもあるモンブラン。

秋の声を聞くと出始めるモンブランは、季節が巡った喜び与え、人々の郷愁を運ぶケーキなのだ。
モンブランに願うことはただ一つ。

甘さを追求したり、美しさを競ったりせずにシンプルに栗の香りを生かしてほしい。

栗の幸せ感を大切にしてほしいと。

それが僕にとってのおいしいモンブランである。

例えば、「パティシェ・イナムラ・ショウゾウ」の上野の山のモンブラン。

こんもりと盛り上がった栗色の山を突き崩して食べれば、栗の香りが口いっぱいに広がっていく。

あとからはコニャックの風味がほんのり漂い、栗と調和する。

顔は早くも崩れ、うっとりと目を閉じる。抑制の取れた上品な甘みがよく、それゆえに香りが際立つのだ。

中で二層になった生クリームとカスタードクリームとの食感のバランスも絶妙で、マロンペーストと合わせてもよし、交互に食べてもまたよし。夢見心地を運ぶモンブランである。

日本にフランス料理を根づかせたスイスの料理人、Sワイルの志を受け継ぐ「エス・ワイル」のモンブランも素敵な夢を見させてくれる。

土台にビスキュイ(スポンジケーキ)がなく、糸状に絞り出した淡黄色のマロンペーストの上に生クリームが乗った、シンプルな姿。

それゆえにペーストの魅力が引き立つのだ。

ほろほろと崩れるペーストは、甘いコクと新栗の香りで口の中を満たし、心を奪う。食べ進んでいくと、なんとも暖かい心持ちになる、包容力を感じさせるモンブランだ。

こうした日本の栗に、フランス産とイタリア産の個性を競演させたのが、「SATSUKI」である。

栗色の本家フランスは、やさしい甘みにラム酒が香る、純情さの中より妖艶さをちらつかせるフランス女優のよう。

イタリアは、濃厚な甘みで圧倒し、リコッタチーズのコクで追い打ちをかける、豊満な色気とたくましい母性を感じさせる味わいだ。

日本は、素朴な栗の香りが小倉あんとなじみ、心が癒されていくような感覚におちいる。

栗の甘い余韻はそのままに、個性の違いを明白に引き出し、同時に三国の個性も夢想させるような秀逸モンブランである。