2001年に味の手帖で紹介したとんかつの店

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2001年に味の手帖で紹介したとんかつの店である。その後「東京とんかつ会議」を始めて、東京のとんかつ屋を200軒もたべあるくことなぞ、夢にも思わなかった頃である。
「成蔵」も池上の「燕楽」も「ひなた」もまだなく、東京にこんなにとんかつ屋が増えると想像だにしなかった。
「たい樹」「平兵衛」「恵比寿 かつ好」(人形町で復活)など無くなった名店も多い。
また20年も経つのに「とん八亭」は百円しか値上げしていない点がすごい。
こういう人たちの努力が、我々の幸せを作っていることを忘れてはいけないと思う。
「蓬来屋」 御徒町 厳選された高質のヒレの醍醐味
佇まいに下町の風情を残す、上野とんかつ御三家の一軒。大正三年の創業以来、ヒレかつ一筋。厳選したヒレ肉一本から百八十グラムの肉を二人前切り取るという「かつれつ定食」は二千九百円。高温で数十秒揚げ、低温でじっくり火を通す。きめ細かく薄い衣は焦げ茶の揚げ上がりで、カリリと香ばしく、衣と密着した肉はしっとりとして肉汁がこぼれる。肉質のよさを生かし切った揚げきりで、食べ終わっても胃がもたれない。極細切りのキャベツは実に瑞々しく、味噌汁、ついお代わりしたくなるご飯も素晴らしい。ヒレの先端を一口大に切った「一口かつ定食」二千九百円、品書きにはないが「串かつ定食」千八百円もお勧め。酒類を頼むと出される煮豆、甘辛みと酸味のバランスの取れたウースター状のソースなど脇役陣も申し分なし。加えて爽やかなサービス、油染み一つない白木のカウンターや、ピカピカに磨かれた厨房のステンレスなど、清潔感あふれる店内。
蓬来屋 台東区上野3-28-5 tel.=03-3831-5783 営業時間=11:30~13:30、 (夜 11月~3月)16:30~19:00(日祭 16:00~) (夜 4月~10月)17:00~19:30(日祭 16:00~19:00) 定休日=水曜日
「丸栄」 自由ヶ丘 とんかつの概念が変わる店
この店を訪れたらぜひ一階のカウンターに座って、ご主人がとんかつを揚げる様子を見てほしい。「ロースかつ」か「ヒレかつ」(千二百円)を注文すると、肉に衣をつけ、油の入っていない空のフライパンの底に、静かに横たえる。しかるのちラードを鍋肌でこそげ取って入れ、火をつける。ラードはまもなく透明な油となるが、とんかつは半身浴状態。音もなく、泡もなく静かに火を高めていく。やがて泡が出始め、四分ほどして泡がかつを覆いきったところで裏返し、かつを油の中で泳がすようにして約四分。「揚がるよ」と、ご主人の声がかかると、ご飯(三百円)、好みで味噌汁(二百二十円)が用意され、かつは二十秒ほど休ませた後、切られて登場する。 衣は茶色。きめ細かく、カツにぴったりと寄り添っている。肉はほとんどピンク色でしっとりと肉汁で濡れている。たまらず食べれば、衣がカリカリと軽快な音を立て、豚肉本来のやさしい甘みが流れ出る。後口も軽い。このカツを生かすため、真ん中は塩、端はソースで食べることをお勧めしたい。「肉のタルト」とでも呼びたい、豚肉の甘さが心に残るとんかつ。
丸栄 目黒区自由が丘2-11-16 tel.=03-3717-3418 営業時間=12:00~21:00     (日祭 ~20:30) 定休日=火曜日
「たい樹」 中目黒 耶馬渓黒豚の脂の魅力
中目黒駅前の庶民的なとんかつ屋。この店の特徴は、大分県耶馬渓産の黒豚。大粗のパン粉をつけ、高温から低温、高温と揚げる。「特大ロースかつ定食」(二千五百三十円)は、厚さ約二センチ、二百七十グラムの大きさで、衣は茶、肉はほんの少しピンクがかかった白色の揚げ上がり。カリッと衣に歯を立てれば、密な肉質に歯がめり込み肉汁がにじむ。脂もしっかりとした身質で後味の切れもよい。衣が肉に密着しており、対比的な食感も十分。やや粗いが甘みのあるキャベツ、豚脂を控えめにしてやさしい味わいを出したトン汁、ご飯もおいしい。ソースは、小さなすり鉢で胡麻をすり、そこにとんかつソースを注いで、肉を浸けて食べるのが流儀。よく気がつくサービスも心地好い。その他ロースカツ定食千八百三十円、ヒレ定食二千百四十円。
たい樹 目黒区上目黒3-3-6 tel.=03-3760-3981 営業時間=11:00~14:30、17:00~22:00 年中無休
「平兵衛」 上野 進歩し続けるとんかつ界の異端児 他店とはまったく異なる手法にてとんかつに挑む店。 とんかつ定食(二千二百円)を注文すると、肉の塊を取り出して、厚さ四センチ、重さ二百五十グラムに切り、脂をとり、整形してから小麦粉、卵、粉末状のパン粉、卵、パン紛の順でつけ、銅鍋に静かに入れる。油は極低温で、とんかつが入っても音が立ち泡立つ事はない。そのまま動かさず十五分。鍋から上げ、休ませて切った断面にはうっすらと肉汁が滲み、唾液を誘う。薄狐色に揚がった分厚い衣は肉に密着し、ふわりとした歯触り。終始低温のために衣に油が染み込む度合いも少なく、肉汁をたっぷり含んでおり、歯がギシギシと肉に食い込むと、甘い肉汁があふれだす。これも低温によってやさしく火が入り、余分な水分だけが抜けうま味が濃くなった効果。 初めて訪れる方は、清潔感に富んだとはいえぬ雑然とした店内、煤けた品書き、サックリとしてない衣の感触に戸惑うこともあろうが、従来のとんかつという先入観を捨てて食べれば、豚本来のうま味に感じ入るは必至。
平兵衛 台東区上野6-7-13 tel.=03-3831-3873 営業時間=11:30~13:00、17:30~21:00 定休日=月曜日
「すぎ田」 田原町 精妙な仕事による美しきとんかつ
「ロースカツ」千八百円は、厚さ約二・五センチ、約百五十グラムの肉に衣をつけ、百六〇度の油に入れ、色づいたら百二〇度の低温油でじっくり十五分ほど揚げる。狐色に揚がった衣はきめ細かく、肉の中心はほんのりピンク色。他店より細い幅で切り分けられているが、口に入れたときの量、噛んだときの食感を十分考えられたもので、実に程よく、カリッと音を立てる衣と、ギシギシと音を立てるかのように、密な筋繊維のむっちりとした肉に歯が入っていく食感の醍醐味を存分に味わえる。衣は二度づけのためややはがれぎみだが、薄く歯触りよい。肉はしっとりとして、甘みとほのかな酸味漂う肉汁が湧き出る。また計算された脂身と肉のバランスも見事。キャベツは切りたてで瑞々しく、ご飯、味噌汁、お新香も上等。上品な甘みに頼が緩む厚さ六センチの分厚い棒状の「ヒレ」二千百円も見事。
すぎ田 台東区寿3-8-3 tel.=03-3844-5529 営業時間=11:30~14:00、17:00~20:30 定休日=木曜日
「恵比寿 かつ好」 恵比寿 これぞ! 鹿児島黒豚と三元豚の味
静岡から進出したとんかつ屋。使うは鹿児島の黒豚と麦の飼料だけで飼育されたという麦豚と呼ばれる三元豚(三種類の親を交配させた豚の種)。まずは三元豚を使った「特吟ロースカツ」(二千五百円、ヒレ三千円)を。中粗のパン粉でさっくりと茶色に揚げられたかつは厚さ約三センチ。軽やかな歯触りで力入れずとも歯が入り、柔らかな甘みを含んだ肉汁がこぼれ出る。熱いうちは塩で、その後はフルーティーな酸味をもつソースが豚肉を生かす。やや脂身が多いのが後口に負担はない。その他薄く切ったかつをからりと揚げ、おろし醤油とわさびで食べる「かろみかつ定食」(二千五百円)、豚バラ肉薄切り数枚を紡錘状に巻いて衣をつけ揚げた、豚肉と脂の入り交じったうまさを楽しむ「しゃぶかつ」二千五百円もお勧め。一方の黒豚のほうはより味が濃く、脂も甘く感ずる。ご飯は柔らかめだがおいしい。カツ好きならぜひ「百匁かつ」(三百五十グラム・四千円)に挑戦を。 恵比寿 かつ好 渋谷区恵比寿4-20-3 恵比寿ガーデンプレイスタワー地階 tel.=03-5421-0080 営業時間=11:30~21:00 年中無休
「とん八亭」 御徒町 豚肉のうま味がひかる肉汁
親子で営む小体なとんかつ屋。ラードの低温で静かに揚げたとんかつは狐色。衣は中粗で、低温のためややはがれぎみで油が残っているが、さっくりとした歯触り。そして肉の表面は、中心にピンク色を残した仕上がりで、肉汁が染み出てうっすらと汗をかいた、食欲をそそる艶やかなお姿。噛めばじゅわりと肉汁が湧き出る。衣の食感より豚肉のうまみを出すことを狙ったとんかつである。皿には昔風にケチャップが添えられ、とんかつソースとウースターソースが卓上に置かれるが、肉の甘さを生かすにはウースターがベスト。付け合せはポテトサラダと千切りキャベツ。ご飯味噌汁ともおいしい。「ロースかつ定食」(千七百円)。「ひれかつ定食」(二千円)。昼の「サービスかつライス」(八百円)。 とん八亭 台東区上野4-3-4 tel.=03-3831-4209 営業時間=11:30~15:00、17:00~20:30 不定休