「もうこれ以上先に人家はありません。道も行き止まりです」。
横山牧場の牛たちは、みな穏やかな顔をしていた。
山から湧き出る清流を飲み、澄んだ空気に包まれ、車の騒音や人の声から遠く離れて暮らせば、人間だって伸びやかになる。
そして村落に降りれば、横山牧場の主、横山大河さんの弟である横山元紀(げんき)(22歳)さんが切り守る「焼肉よこやま」がある。
自分たちが大切に育ててきた牛を、その牛の素晴らしさを、お客さんに味わってもらおうと思って作った店だという。
ガラスケースに収まった各部位の陳列の仕方も、メニューの構成も、カットの仕方も、焼き方も無駄がない
1グラム、1滴も逃さず食べてもらおうという、愛がにじみ出ている。
フィレは、赤身のすっきりとした味わいがあり、肩ロースは、たくましさと穏やかさが内在した醍醐味があり、ハラミは、脂の野太さにコーフンさせられ、サーロインは、きれいで甘い脂の魅力にうっとりとする。
ホルモン(大腸)は、身厚で輝く質の高い脂がたまらなく、レバーはほんのりと甘い。
豪勢にタンモトを分厚く塊で出す「幻のタン」は、脂のキレよく、柔らかな滋味が幸せを呼び込む。
どの肉も、優しく品のある味わいである。
それは清廉な空気や水と戯れあった、牛だけが生み出す慈愛なのかもしれない。