小川はな

<濡れた味>

食べ歩き ,

<濡れた味>
濡れた味に惚れている。
それはどんな味かというと、液体に漬かった魚や肉、ソースがたっぷりとかけられた料理、というわけではない。
例えば「ニシンの塩焼き」である。
他の魚の塩焼きに比べると、なにか身の張りというものがない。
明確な脂で主張してくるわけでもない。
だからといって、深海魚のように、身が緩いわけでもない。
身は、ややしっとりとして、控えめな甘みがある。
味わいは、品があるとも言えるし、下品のしたたかさがあるともいえる。
味の押し出しが、しとやかなのである。
そんな健気さが宿った身に、「濡れた味」を感じるのである。
そして「濡れた味」は、ご飯より、燗をつけた酒が似合う。
濡れた味は、弱々しいようでいて、実は繊細な複雑がある。
その、探り出さねば辿り着けぬ複雑を、燗酒が照らす。
ニシンの塩焼きを一むしり。
燗酒を、ついっと一すすり。