カツサンドではない。「煮かつサンド」である。
場所は八王子。マイルスやキース・ジャッレットが流れるジャズ喫茶、「ロマン」のスペシャリテだ。
40数年来の人気メニューだというが、品書きでは、「元祖」だの「特製」だの、力んでいないところが微笑ましい。
「煮かつサンド」には、ロースとヒレがある。油愛好者としては断然ロースだが、両方を盛り合わせた「煮かつハーフ&ハーフ」850円に、サラダ、スープとコーヒーが付いた、ランチの「フルサンドセット」千円を頼むことにした。
注文を受けた店員は、カツを揚げ、切り、真黒いタレにどぶんと浸けて、一煮立ちさせた。
おおっ、これが煮かつか、煮かつのゆわれか。
やがてパンに挟まれて運ばれし煮かつは、キャベツがないだけで、普通のカツサンドと見た目は変わらない。
ただしロースは、薄切り肉を何枚も重ね合わせて揚げられている。 恐る恐る口に運ぶ。歯は、柔らかいパンを断ち切り、続いて肉にぐっとめり込んで、甘辛い味が広がった。
ソースの刺激とは違う、舌に甘えてくるような穏やかさと、日本人の心をくすぐる、こっくりとした甘さである。
それが豚肉の甘みと相まって、思わず顔が緩む。
ヒレ肉は肉感が際立ち、ミルフィーユ状のロースは、脂の甘みが後から膨らんで、ううむ、どちらの魅力も捨てがたいぞ。
しかし本稿の趣旨からすると、ロースかな。
真黒なタレは、醤油と砂糖による、すき焼き風のタレなのだろう。
とんかつに醤油は、認めない派であるが、甘みが加わったことと、一煮立ちさせることによって、カツと見事になじんでいる。さらにパンには、バターと薄くマヨネーズが塗られていると見た。
甘辛い醤油味に豚の甘み、マヨネーズの酸味、バターとマヨネーズの油のコク。オールスターキャストのうま味攻撃である。しかし嫌味なく、しつこくなく、丸く収まって、次々と手が伸び、瞬く間に食べ終えた。
そして後を引く。恐らく数日後に思い出し、無性に食べたくなるはずだ。
その辺りはソース味のカツサンドと同じだが、どこか懐かしい思いが、よぎる。
そのせいだろう。お相手には、コーヒーよりも、お茶が一服欲しくなる。