30数年前、初めて食べた時に思った。
「ああ、なんてたくましく、優しい味なんだろう。これこそ誠の味というのだろうか。」。
今まで食べてきたオムライスとは、どれも似ていない。
食べ進むうちに、涙が出てきた。
パリやドイツの一流のレストランで、貴族相手に作ってきたご主人の、知恵と情熱、創造と心血が、細部にわたるまで注がれていた。
「おいしいっ。いやあこんな味初めてです」。涙をにじませながら言うと
「牧元さんどうだいっ、これが本当のオムライスの味だよ」
一本気で頑固なご主人が、べらんめえ口調で、子供のような笑顔を作った。
既存の日本の味はまやかしだ。俺が本当の味を作ってやる。
一皿のオムライスには、ご主人の気概が込められていた。
舌にふわりと着地して、味覚と嗅覚を目覚めさせ、心を温める。
永遠に食べ続けていられそうなオムライスだった。
「真実のオムライス」。
そう勝手に名づけたオムライスは、今息子さんに受け継がれている。
最初は父のレシピを正確になぞる味だった。
そして今は、息子のアイデアを少しづつ加え、出し続けている。
息子の作ったオムライスを、母が愛おしそうにペーパーで包み、形を整え、余分な油をとる。
「お父さんのに、品が加わったね」というと、
「ありがとうございます。でも、父はどうやったって、超えられません」。と笑った。
父を語る息子さんの恥じらいに、天才を受け継ぐ者の、並々ならぬ覚悟ができていた。
その味わいの芯に、父に近づこうとする炎が燃えていた。
初台ツバイヘルツェンにて。