黒羊。 黒執事ではない

食べ歩き ,

黒羊。
黒執事ではない。羊である。
サフォークなのだろうか。黒羊と呼ばれている。
「いつ入ってくるかわからないので、出会えた人は幸運です」。
その方は、奥さんに先立たれ、北海道で一人で羊を育てているという。
牧場を訪ねたいという申し出があっても、「見知らぬ人間が現れたら羊にストレスがかかりますから」と、断る。
そのため、その方と取引するためには、近くのコンビニで会うしかないという。
その黒羊が入った。「恭子」に入った。
「カッチャトラ風にもできますよ」と言われたが、塩と胡椒だけで食べたかった。
断面が美しい。
肉汁がゆっくりゆくり滲み出て輝いている。
切るとナイフは吸い込まれるように入っていき、フォークは抱かれるように刺し入っていく。
口に運んだ。
命の雫がしたたり落ちる。
きめの細かい柔らかな肉に、歯が包まれる。
赤ちゃんのほっぺを甘噛みしたような、ふんわりとした禁断が巡る。
これはいけません。これはいけません。と心の中でつぶやきながら、肉の宇宙に吸い込まれていく。
脂を食べる。
「やめて」。と思わす叫んで、笑い出す。
サクッと音がするかのように、凛々しく締まった脂なのに、舌の上で何事もなかったかのように溶けていく。
微かな微かな羊の香りを漂わせながら、のどへと消えていく。
これほどまでに甘美な羊の脂を知らない。
またひとつ、知ってしまった美に唸り、打ち震える。
「ピッツエリア恭子」にて。

2018年閉店