和歌山「オテルヨシノ」

黄金比のスープ。

食べ歩き ,

  • 和歌山「オテルヨシノ」

料理の世界で、もし揺るぎなき黄金比があるとしたら、このスープがその一つだろう。
「オテルドヨシノ」の、スーブドボワソンである。
和歌山の様々な魚から抽出したエキスを、鶏胸肉で澄ませた、魚のコンソメと言ってもいい。
一口飲むと、ため息が出る。
愛する人たちを思い浮かべ、飲ませたいと願う。
最初に柔らかな甘みが流れ、うま味が静かに漂い、微かな酸味が広がって、甘い香りが鼻をくすぐる。
ああ、なんというスープだろう。
こうして言葉に表すのさえもどかしい。
それほど絶対的でありながら、官能があり、自然なのである。
おそらく、これ以上濃密にすることもできるだろう。淡くすることもできるだろう。
しかしそれでは、人間の傲慢が出てしまう。
自然に添う。
それ以上のことはしまいという、シェフの哲学が、ひっそりと波打っている。
きけば、毎年作り、試行錯誤してきたという。
「大事なのは酸味です」と、いわれるように、トマトと白ワインで酸味を調節するが、入れすぎてはトマトが出てしまう。
トマトの質も毎年違う。
しかしその緻密に計算された酸味が、魚のエキスをエレガントに解き放つ。
魚と触れ合ってきた日本人だからこそ成し得た、本国を超えるスーブドボワソンである。
後もう少しだけ飲みたいなと、思わせる量も絶妙であった。
今僕の舌の両端には、甘美を伴った酸味が、いつまでもいつまでもたなびいている。

和歌山「オテルヨシノ」にて