麻婆豆腐に「エレガント」は似合わない。

食べ歩き ,

麻婆豆腐に、「エレガント」という言葉は似合わない。
しかし趙楊さんの作る麻婆豆腐は、どこまでもエレガントである。
油が多用されているのだが、油っぽさが微塵もない。
花椒がたっぷり振り入れられ、火花を散らすのに、飛び出ていない。
相当に辛いが、豆鼓の濃いうま味も、ひき肉の旨味も、にんにくや生姜、葉にんにくの香りも、どれ一つとして突出することなく、丸い。
そして何より、豆腐の優しさがある。
包丁を使わずへらで切った豆腐は、芯まで熱々で、ハフハフと言いながら舌に乗せると、この世に存在しなかったかのように崩れ、いや溶けていき、ほの甘い豆の香りを立ちあげる。
辛く刺激のある味にまみれながら、自らの尊厳を失わずに、楚々と、毅然と佇む豆腐の存在に、エレガントが潜んでいる。
弟子たちも、同じ食材と調味料とレシピで作るが、まったく同じにはできない。
どこが違うかと聞けば、「それは秘密」と、いたずらっこのような顔で微笑まれた。
小学校2年で料理を始め、調理師学校を首席で卒後し、24歳にして、四川の最高厨士となった、天才料理人に改めて聞いてみた。
「レパートリーは何種類くらいあるんですか?」
「一回数えてみたよ」。
「そうしたら?」
「八千あったね」。
それらがすべて頭の中にある。
彼こそが、日本の宝である。
料理とはやはり、エレガントであってこそ、人の心を揺さぶり、感動させるのだ。