鳩はまだ気づいていない。

火を入れられ、人の口に入ろうとしている事を。

それほどまでに、肉はしなやかで、水の如く清らかで、いたいけな気配を漂わせている。

噛んだ瞬間、いけないことをしてしまったかのようにぎくりとした。

噛んだ瞬間、淀みや粗さのない無垢な食感に、目がくらんだ。

こんな小鳩は初めてである。

就任以来、高良シェフがメニューから外さず、大切に育てきたという、「レカン」の「小鳩のヴェッシー包み、マールドブルゴーニュの香り」。

柔らかな女性の頬を口に含んでしまったような食感を、ゆっくり噛む。

最初は穏やかな肉の甘みが滲むが、噛んでいくと猛々しい血の味が現れる。

気品のある美女の芯に燃えていた情熱のように、甘美な火傷に落ちていく。

すうっと、歯と肉が一体化してしまうような胸肉の誘惑。

切ない命を感じる、とてもいやらしく滋味に富んだ、ささ身。

くにゅくにゅっと、皮と肉と筋を噛みしめる喜びが、本能を炊きつける腿肉。

すべてが、お湯をかけながらじっくりじっくり火を通した料理の結実だが、何度もこの料理を作った経験と、ヴェッシーに包まれて仕上がりが想像できない小鳩に、全感性と技を注ぎ込んだ、高良シェフのエスプリが生んだ、類まれなき美味なのである。