魚偏に豊か。

食べ歩き ,

お椀の蓋を開けると、お汁はなかった。
白い魚が、誇らしげに鎮座している。
ふっくらと太った表面には、細かい包丁目が入れられ、輝きを放っていた。
葛打ちの鱧である。
漁師藤本さんが捕り、神経締めした鱧である。
それを河野さんが骨切りし、葛を打ち、湯に落とした。
なにもつけずにそのまま食べてみる。
透明な甘みが、じんわりと舌に広がっていく。
そこには、鱧特有の野性的な香りは微塵もない。
いや微かにあるのだが、その香りが上品な甘みと対をなして、品を深めて、優美に誘う。
色白の肌のきれいな三十代の女性に、目配せされたような、ときめきがある。
一瞬のときめきが永遠に忘れないように、鱧は口から消えても余韻が残り、いつまでも別れを告げようとはしなかった。
今まで鱧をたくさん食べてきたが、こんな鱧は初めてである。
魚偏に豊かと書くその真の意味が、初めてわかったような気がした。
松山 「馳走屋河の」にて