千歳船橋「フィオッキ」

静寂の料理。

食べ歩き ,

どの料理も派手さや色艶を捨てている。
朴訥に佇んで、穏やかな風が吹いている。
迫害から逃れて、600年間北イタリアの山中に隠れ住んでいた、キリスト教の少数宗派であるヴァルト派の料理である。
「山の料理」、そう聞くと塩気が強く、脂気が多い料理を想像してしまう。
しかしどの皿も、それとは真逆の「静かな料理」だった。
一口目は黙り、二口目は静かで、三口目は柔らかく、次第に味が膨らんでいく。
決して重厚すぎることなく、川魚や肉、野菜の底味を、ゆっくりと伝えくる。
心を平静にし、目を閉じて味わえば、食材の底にある滋味が起き上がる。
そんな料理だった。
それは中世ヨーロッパで、権威主義と禁欲にまみれたカトリックが横行する中、聖書の教えに忠実であれとし、のちの宗教革命へともつながっていくキリスト教原理主義者たちの、清廉な哲学なのかもしれない。
ピエモンテ州のフランス国境近く、アルプス山脈の麓に、ミシュラン二つ星「リストランテ・フリッポー」はある。
オーナーシェフのワルテル・エイナルド氏はヴァルド派の末裔で、堀川亮シェフは、彼に師事したという。
普段は師の教えを元に、山と海の食材を出会わせた料理を作っている。
だがその日は、世界でも例を見ない「ヴァルド派」だけの料理会だった。
どれも初めて出会う料理である。
噛みしめると、山奥でひっそりと暮らしていた人々の心の声が響く。
少ない食材の声を聞いて、敬い、感謝を持って、慎ましやかに食べていただろう光景が浮かぶ。
イタリアの人でさえ食べたことのない料理であろう。
そんな料理が、異国の舌に染み込んでいく。
「静かな料理」は、訥々と語り始め、体の奥底に眠っていた輝きを揺り起こす。
「静かな料理」に、気持ちが高ぶっていく。
そして教えてくれるのだった。
塩が強く、脂分が濃い、不自然な料理は,都会にしかないことを。
改めて、料理というものが持つ力を考えさせられた夜だった。
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