釜山のシジミ汁屋

食べ歩き ,

釜山は昭和が漂っている。
店頭におかれたむき出しの魚、野菜、キムチ、米、豆、惣菜。
辛く味付けたトッポギや茹でたホルモンの串刺し。
いろんな匂いが、薄明かりの中で混ざり合う。

最低限の灯りをともした店先では、魚や野菜が鈍く光り、
商人がやさしく笑う。
昭和を感じさせる匂いは、食べ物が醸す匂いだけではない。
人間の、人間らしい営みの匂いなのだ。
山際に立て並ぶ高層ビルの、そのすぐ隣に、昭和の路地が息づいている。
都会からは消え去った匂いが漂っている。
「コンビニでチャミスル買って、屋台で買ったものをつまみにしたもよかったね」。
と山ちゃんは言ったが、我々はいま、十分にうまいものを食ったばかり。
「しじみスープ屋」だ。
できますものは「しじみスープ定食」と、「しじみの刺身」だけ。
定食が400円。
刺身が800円。
座ったとたん、スープが運ばれ、惣菜や漬物が運ばれ、ご飯が運ばれる。
誰も注文はしない。
黙って座れば運ばれる。
スープを飲んだ。
「ああ」。と、

思わずため息をついて、山ちゃんと顔を合わせた。
互いに笑顔でうなずいた。
なんとやさしい味だろう。
塩気が絶妙で、しじみの滋味を甘く感じさせるぎりぎりの量だけが使われている。
滋味がゆっくり舌に広がり、のどもとに落ちていく。
滋味が体の隅々の細胞に染み渡っていく。
「ああ」とまたため息を吐いて、納豆汁を飲み、
キムチをかじり、水キムチの汁を飲んだ。
しじみ刺身も食べようと頼むがまったく言葉が通じない。
表のメニュー写真を見せても通じない。
とっさに「フェ」と言うと
おばちゃんにっこり笑った。
刺身ではなく、茹でた大量のしじみである。

千個くらいあるのではないか。
大量のしじみに肝臓が喜びそうだ。
かかっていたコチュジャンを混ぜ、汁にも入れた。
ご飯の乗せて、描き込んだ
ああ、誰か止めて。
キムチも汁に入れた。
繊細さはなくなるがご飯が進む。
いわしと大根煮は、素朴な味で、いわし臭さが大根に染みて
今の日本の食堂や家庭では出会えないうまさだ。
これおご飯が進む。
日本人が珍しいのか、おばちゃんがなにやら話しかけてくる。
さっぱりわからん。
わかららんので、「マシセヨ」とにっこり笑うと、おばちゃんおかわりのスープを持ってくる。
「カムサハムニダ」というと、今度はおこげを持ってきて食べろという。
もう食べられないといと、お腹をさすると、これに包めと新聞紙を持ってくる。
すっかり気に入られちゃった。
レジのおばさんは大いびき。
途中男子中学生3人組が入ってくる。
惣菜やキムチをご飯に乗せて二膳
しじみ汁にご飯に入れて一膳。
ファーストフードでない日常。
サッカーが勝てない理由はこんなとこにもあったのだ。