三越前「奏す庵」

野菜の力。ソースの力。

食べ歩き ,

果たしてご飯をかきこめるだろうか?

丼を前にして不安になった。

新しい「カツ丼」である。

ご飯の上には、肉がない。

野菜のカツだけである。

タンパク質がゼロに近い状況で、ご飯が進むのだろうか。

布陣は、茄子、ブロッコリー、ヤングコーン、椎茸、エリンギ、蓮根、ズッキーニで、ブロッコリーとヤングコーンに測ろうじて、微量の植物性タンパク質を含む。

しかし世の丼というものは、タンパク質がご飯を呼び、ご飯がタンパク質を求めるというシナジー効果

で成り立っている。

牛丼、天丼、親子丼、カツ丼、鉄火丼と、どれもタンパク質と米のがっぷり四つで成立しているではないか。

しかし今目の前に置かれた「野菜カツ丼」に、タンパク質はない。

まず蓮根から行く。

コリリ。軽快な音を立てて蓮根は弾け、甘辛いソースの誘惑の陰から優しい甘味が滲み出る。

その途端ご飯で受け止めたくなった。

レンコンをちぎってご飯と混ぜ混ぜして食べると、食感の対比があってなおいい。

次は、椎茸といってみよう。

そこには、肉厚椎茸をソース味とともに噛むという喜びがあって、ご飯が恋しくなる。

エリンギも同じ理論である。

コメに肉類を欲していたのは幻想だったか。

あるいはこの厚みが、肉類を喚起させるのか。

次第にわからなくなってきた。

ブロッコリー、ヤングコーン、ズッキーニは合いの手要員で、他の野菜をかじった合間に食べると楽しい。

さあ最後は大物茄子である。

ふっくらと含んだ体躯を衣とソースで包まれ横たわっている。

大口を開けて齧り付いた。

ソースが来る。衣の食感が来る。茄子の甘みがにじみ出る。

この外側のカリリとした食感と中のふんわりとした食感の対比が、たまらない。

責められて懐柔される二律背反の感覚に、ご飯を参加させてあげたくなった。

気がつけば、丼は空っぽになって、米粒ひとつ残ってない。

ご飯にタンパク質が不可欠と言った奴はどこにいる!

あっ、僕でしたか。