土曜の昼下がりに暖簾を潜った。
「いらっしゃーーーーーい」。サービスの女性たちが、伸びのある声でユニゾンする。
座敷に上がりこむと、隣席は、仕立てのいいシャツを着た70代の男性と黒い麻のスーツを着た20代の女性。
右では、初老のご婦人がひとり、卵とじを楽しんでいらっしゃる。
向かいは50代の男性がどかりとあぐらをかき、大瓶一本に銚子一本を開け、一心に新聞を読んでいらっしゃる。
その隣は、初老のご夫婦。
さてなにを頼もうか。
心はすでに決まってはいるが、あらためて品書き吟味する。
「ビールの大と玉子焼き、それに焼き鳥をお願いします。おそばはもりそばにおかめをいただきます」。
「お一人様、玉子焼きに焼き鳥、お声がかりでもりにおかめぇー」。板場に通す声がすがすがしい。
さて、突き出しは「煮あさり」と決まっている。
頼んでほどなく、黒塗りの卓にアサリの小鉢とビール瓶が置かれた。
薄く軽いグラスにビールをを注いだ。
泡がきめ細かく注げて、上機嫌。ぐぐっと喉に流し込んでもう一杯。
アサリを一つまみ、奥歯ででゆっくり噛みしめた。
うっすらとまとっただしと醤油味の奥から、磯の滋味がじんわりと流れ出る。そこへビールを流し込む。
さあ玉子焼きが湯気を立てて、お目見えだ。
口に運べばふんわりつぶれ、ほわりと甘い。
江戸の甘さが、心を揺らす。
ああ、一人笑いをごまかすように、染めおろしをつまんで、もう一杯。
焼き鳥の照り艶に、目を細めながら箸をつける。
こっくりと甘辛いタレに絡んだ鶏肉を、山椒がひりりと引き締める。
たまらずぬる燗頼んで一人酒。
「おそばお願いします」。
とっくりの酒もちょうどなくなった。
気分もほろ酔い、ふうらふら。
もりをずずずと一気に手繰る。
そばをつかんで持ち上げて、片手に持った猪口を近づけて、そばの下三分の一くらいを浸し、ずずずずずぅ。
向こう三軒両隣に聞こえるくらいの勢いだぁ。
食べ終わって湯桶を注いで、一息つく。
ほどなくしておかめが運ばれた。