その食堂のカウンターには、2冊の本が置かれていた。
ピンクと黒のシンプルな本である、
一冊を手に取ると、たくさんの本の表紙が乗っている。
装丁家の作品集らしい。
「父が装丁家だったんです」。
「この店も父にデザインしてもらおうと思っていたんですが、急逝してしまったんです。だから父が撮った写真を飾り、テーブルも父の事務所で使っていたものを置きました」。
彼は微笑みを携えながら、静かに話した。
折しもそのテーブルには年配の女性が5人座っている。
やおらその一人が立ち上がり、シェフと何やら話している。
女性が席に戻ると、彼は言った。
「母なんです。母がお友達を連れて友達の誕生日を祝いにきてくれているんです」。
そう言って、はにかむような笑顔を作る。
「お父さんは料理人を目指すと伝えたときに、なんて言われましたか?」
「小さい頃から料理人を目指そうとは考えておらず、一旦就職したんです。でも仕事が肌に合わずに悩んでいました。それである日料理人を目指そうと決めて、父に話しました」。
「そのときにはなんと?」
「よし! そう一言言って嬉しそうに笑ってくれ、応援してくれました」。
装丁の仕事はお姉さんが継いで、お父さんの本を作ったのもお姉さんだという。
本にはお父さんの写真が載っている。
太って丸い顔に顎髭をはやしたその姿を見て、連れの女性が「可愛い」と、呟いた。
ジブリの映画に出てきそうな人である。
さぞ息子の店で、息子の作った料理を食べたかっただろう。
焼きナスと玉ねぎのパスタが出された。
ナスと玉ねぎのそれぞれの甘さを引き出したソースが、パスタにからんで優しい気分を運んでくる。
若いのに自分の個性を出すことはせず、野菜の気持ちに沿っている。
愛に溢れた家庭に育った人の作る、素直な料理だなあ。
目を瞑ると、カウンターで一人、巨体を揺らしながら、嬉しそうに目を細めてパスタを頬張るお父さんの姿がいた。