弁当の蓋を開けた瞬間、春が弾けた。
34種類の料理とご飯によるのどかな光景が、胸を華やかにする。
「乃木坂しん」石田伸二氏、渾身の弁当である。
久々に、弁当で心底感動したかもしれない。
それは、弁当の怖さを知っている者の弁当だった。
弁当というものは逃げ場がない。
空間のデザイン、組み合わせから始まり、構成要素とそれぞれの味わいと量をどうするかなど、緻密な計算が要求される。
しかも冷えてなお美味しくないといけない。食べた人が、「ああ、温かったらもっとおいしいのに」と、1ミリでも思わせてはいけない。
手間と時間をかけて、一つ一つの料理を作り上げながら、メリハリも効かせなくてはならない。
味もさることながら、心構えもすべて現れてしまうのが、弁当である。
つまり弁当とは店の支柱に他ならない。
石田氏は、その怖さを知りながら、使命を持って作っているのだろう。
どのおかずを食べても、うむむと唸らされる味わいの品がある。
大抵お弁当というのは二つ三つ、あれこれはと思うものがあるものだが、この弁当にはない。
曇りがない。
桜海老とうすい豆の炊き込みご飯にしても、茹でた桜エビを混ぜ込み上には、揚げた桜エビをのせている。
そのため、優しい甘みと海老の香りの両者が口の中で舞って、思わず顔が崩れるのである。
一つの弁当だが、2人でも十分楽しめるだろう。
僕は、こういう状況にあっても、石田さんの誠実な仕事ぶりに出会えたことが、何より嬉しかった。