新宿「鳥茂」

精進の味。

食べ歩き ,

とんかつが豚肉を最も美味しく食べる料理なら、焼きとんは、豚の内臓を最も美味しく食べる料理である。

戦後の闇市から生まれたと言われる「焼きとん」は、東京の食文化である。

牛食文化である関西では、同時に生まれたとされる焼鳥同様、なかなか広まらなかった。
安くておいしい。
焼きとんは、誕生以来、その座を守ってきた。
だがその焼きとんのイメージを覆したのが「鳥茂」だろう。
三代目の酒巻さんは、焼きトンに使う内臓を、もっと美味しくできないか、もっと美味しく焼けないか、もっと美味しい部位はないかと試行錯誤をし、比類なき焼きとんを編み出した。
例えばシロ(直腸)である。
普通シロは、クニュっとした食感を噛みしめる。
だがここの上シロはどうだろう。
噛めば、臭みなど微塵もなく、ふんわりと甘く溶けていくではないか。
二、三回噛んだだけで、何事もなかったかのように消えて行き、あとは甘い余韻だけを残す。
初めて食べた時は、今まで食べたシロとは違う、初めて出会うエレガントさに衝撃を受け、思わず黙ってしまった。
聞けば、串一本で5頭分という、最も柔らかい部分だけを選別しているのだという。
また一頭で一つというタン、子袋や豚軟骨、三種肉のつくね、大腸やこめかみ、レバーやガツなど、吟味されつくした肉類の部位を、的確な処理と味付けで生かす。
これはこの店だけの精進の味である。
三代目の酒巻さんは、お父様が病に倒れ、サラリーマン生活を送っていた22歳で、突然22歳で店を任された。
「君の好きにやればいいんだ」。
悩む彼に、祖父は一言だけ優しい口調で言ったという。
だが苦悩の日々が続く。
名店に片っ端から行っては勉強し、味を決めていった。
そうして今は、毎晩50人以上のお客さんが来る繁盛店となった。
味だけではない。
ここにはサービスとは対比的なホスピタリティ、もてなしがある。
そのことを酒巻さんに聞いたことがある。
「僕らの仕事は、同じことの繰り返しです。でもお客さんは毎日違う。明日はこういう方がいらっしゃるのか。ならこういうものを出そう。そう考えるのが楽しいんです。結局僕らの仕事は、人が好きじゃないと、やっていけないと思います」と、酒巻さんは、人懐こそうな笑顔を浮かべた。
鳥茂のすべての料理は、別コラムを参照してください。