六本木「KOBAYASHI」

米が生きている。

食べ歩き ,

米が生きている。
小林さんが作る炒飯を食べた時に、そう思った。
普通の炒飯もおいしい。
だが卵の力に甘えている。
ご飯の力を信じて、自立させていない。
このチャーハンを作るには、一日前から始まる。
前日に、タイ米を同量より少し多い水で炊いて、冷蔵庫で寝かしておく。
鍋に太白を入れご飯を入れ、大匙いっぱいの時卵を入れる。
この話を聞いて驚いた。
普通は最低でも卵一個である。
しかも溶き卵を入れてからご飯という順に炒めていく。
卵に半分火が入ったら、1gの塩と長ネギとほぐした干し貝柱を入れる。
瞬く間に出来上がりである。
米を入れてから、1分くらいの早技である。
目の前に置かれて、まず感じるのは香ばしさである。
卵の甘い香り、干し貝柱の香り、ネギの香り、ご飯の香りが渾然と立ち上りながら、中から食欲をくすぐる香ばしさが揺らめく。
その香りに目が細くなり、レンゲを運ぶ手が止まらなくなる。
聞けば、焦げ香だという。
「鍋肌に焦がし色はつけていませんが、香りとしては焦げているのです」。
小林シェフはことなげにいう。
意味がよくわからない、
だが食欲を焚きつけられているのは、確かである。
生きた米を噛みしめる喜びを感じながら、パラパラの香り高い炒飯を食べる。
幸せがゆっくりと満ちていく。
そして思う。
「中国料理の一番大切なことは、調味ではない、香りである」と、達人たちに教えられてきた言葉の真意を。
六本木「KOBAYASHI」にて