香り高いそばだ。などとよく表現するが、そばの香りとはなんだろう。以前名人が打つところを拝見したことがあるが、粉に水を回すその瞬間立ち上った、甘い、それでいて野生を感じさせる草のような香り、それがわたしにとってのそばの香りの基準となっている。だがその香りも、玄そばの産地によって変わる。香りだけではない、甘みも色も産地によって異なるのがそばである。
そのことを教えてくれるのが若き主人が切り盛るそば屋「眠庵」である。店には「二種もり」そばという品書きがあり、産地の違うそばを出してくれる。最初に訪れた去年末には、山形と黒姫という順でせいろが出された。並木藪のようにざるの凹面ではなく凸面を上にして盛られた極細の手打ちそばである。灰色に緑が入った明るい色合いの山形産は、優しい甘みがあって、香りも穏やかである。一方黒姫産は、やや黒味がかって、草の青々しい香りが強く、噛むとほろ苦いえぐみも感じる野味に富むそばだ。店主はわざとタイプの異なるそばを打ち分けるため、このように違いが明確に伝わる。
今年になって訪れたときは、栃木産、福井産の順に出された。色白の栃木は極細で、ほのかな草の香りに甘さが混じった、穏やかな気分にさせられるそばだ。一方福井は、灰緑色が強く、栃木よりやや太めに打たれて、そばの野生を主張する。
聞けば、店を始める前に、そばの産地を巡って作り上げた生産者との繋がりによって、こうした品書きが出来るのだという。そんな眠庵には夜な夜なそば通たちが集っている。
これからが楽しみなそば屋である。
眠庵
二種もりそば1160円
東京都千代田区 神田須田町1-16-4
03-3251-5300
12時~14時 17時半~21時
定休日 不定休
当面日曜日(終日)と月・水・金曜日の昼は休み
神田駅より徒歩五分