「100年前のリッツホテルで使っていたものだそうです。なにに使っていたものだと思いますか? 両端のくぼみがヒントです」
京都 松尾の料理屋さんで出された問題。
デザートの前に、まだ酒が残っていることに気づいたご主人が、からすみをふた切れのせて出してくれた器だ。
手前が自家製で、奥がご主人いわく 「嵐山の吉兆とうちにしか手に入らない、二十数本しかないもの」だという。
何でもからすみの目利き職人がいて、三百本近い中から選び出すのだという。
琥珀、鼈甲色に輝くそれは、緻密な舌触りで、ねっとりと濃厚なうまみを広げながら崩れていく。
酒にも、艶と品を満たさせてくれる。
さてその器。
灰皿だという。
この大きさじゃ、すぐ灰と吸殻で満杯になっちゃうじゃないの。と思うは、庶民の浅はかさ。
一本のタバコを横たえるだけの灰皿。
そのころの「リッツホテル」とは、王侯貴族か一部の富豪だけが出入りできる[宮殿]なのであった。
客が「シガー」といえば、後ろにずらりと並んだ給仕たちが、一本ずつ、真新しい灰皿とともに差し出していた。
そんな時代の名残りなのだ。
格差社会だなんだとかまびすしいが、庶民が富を持つ人々のことを想像でき、知ることができるから騒ぐのであって、本当の格差社会とは、この頃のことである。
(しかしチェルシーオーナーのアブラモビッチの離婚慰謝料1兆円とか、今回の株価暴落で2兆円損をしたとか、新たなマンチェスターシティーオーナー スライマン・アル・ファイムの資産が、日本の国家予算の十数倍の130兆円とかは、まったく想像すらできないけど)