真のアジタタキ。

食べ歩き ,

「今日はアジタタキがおいしと思います。どうですか?」
84歳になられる女将、あつこさんが聞かれた。
「いただきます」。
そういうと
「タタキだけど、叩いてないけどね」と、言って微笑み、作ってくれた。
染付け鉢の中で、薄赤色の身が目に刺さり、銀皮が波しぶきを上げる。
そう、叩いてはいない。
同寸に細かく切られたアジが、盛られている。
「上からお醤油かけたほうがおいしいけど、おてしょ出しますね」
「いや、上からかけますので、醤油だけください」。
醤油をかけ、よくよく混ぜて、食べた。
一口で、目が開いた。
一口で、笑い出したくなった。
小さく切られているのに関わらず、シコっとした食感があって、噛む喜びがある。
小さな一切れ一切れに、大海を疾走する命の躍動がある。
アジのたたきとは、こうでなくてはいけない。
叩いてしまっては、良きアジの本質が引き出せない。
本来「タタキ」とは、アジの生命力を伸ばす料理だと思う。
噛めば、品よく切れのいい脂の甘みが、舌をシュッとすぎていく。
下に忍ばせた、茗荷の極細斜め千切りが憎く、アジを勇気付ける。
「おいしいです」と、言って微笑むと、
「最近は、いいアジがなくなってね。今週は月火曜と休んじゃったけど、体調ではなく、魚屋さんがいい魚が入らないって言うの。魚屋さんだから魚はあるんだけどね。だから休ませてもらいました」
そうあつこさんは寂しそうに言われた。
このアジのたたきを熱々ご飯に乗せたら、どれだけおいしかろう。
そう思ったが、今夜は菊正の燗酒で迎えた。
小さな一切れを大事に噛みしめながら、よくよく味わい、酒を流し込む。
そうしながら、魚好きの友人を次々と思い出し、できることなら食べさせたいと願った。
だがそれは、もうできそうもない。