一口食べて体が溶けた。
玉子の精が濃縮して、固まっている。
いや固まっているのではない。固まるか固まらないか、そのギリギリのキワで玉子は身を寄せ合っている。
てれん。
口に入ったかき卵は、舌に甘え、しなだれ、消えていく。
トリュフの妖艶な香りで、心をかき乱しながら、消えていく。
しかし主役はあくまで玉子である。
縁に流された赤ワインソースも、うま味を足すというソースではない。
酸味と香りで玉子の甘味を持ち上げる役割に徹したソースなのである。
その塩梅の美しさに、陶然となる。
食べながら虚空を見つめ、無口となる。
もはや現世の食べ物ではないような気がしてきた。
「玉子は三回寄せ合う。玉子を割ってバターを投じ、混ぜます。そしてその銅鍋を湯煎にかけるのですが、しばらくすると玉子が寄ってくる。そこで湯煎から外すと、また緩くなる。そうして三回目にこの料理は、完成します」。
この料理を作っているときだけは、誰も斉須シェフに声をかけない、かけられないという。
「コートドール」「ヴォークリーズ産黒トリュフのかき卵」。