浪 花 焼 き 七百五十円
お好み焼きの本場は、何といっても大阪である。
と書けば、広島の人は、いや広島こそ本場だと怒るだろうし、神戸の人は、ネギ焼きなら我々だと主張するだろうし、京都の人だって黙っていない。
こうした人々の熱い論争を前に、関東圏の人はどうしたらよいのかというと、ただただ黙ってお説を聞くしかない。間違っても、東京にはもんじゃがあるから、なんて口を挟まないほうがいい。話がお好み焼きやもんじゃだけに、論点がぐちゃぐちゃになって、終いには関西以西の人々の気迫に負けてしまうのがおちだ。
しかしこんなお好み焼きも、肉や魚介類、玉子が入る現在の形になったのは、昭和三十年頃だという。ちなみに広島のオタフクソースが、日本で始めて業務用お好みソースを発売したのが昭和二十七年だというから、やはり昭和三十年近辺が、お好み焼き元年といえよう。
その元年に近い昭和二十六年、もんじゃ焼き人気で賑わう東京下町に店を開いたのが、「松浪」である。
先代が発案したお好み焼きは、他に例を見ない、独自の「江戸前お好み焼き」であり、その後関西、広島勢に席捲されていく、東京お好み焼き界にあって、唯一東京の心意気を伝えてくれる店である。 店構えは、往年の下町の風情を残す一軒家で、入れ込み式の座敷は、いつも大勢の客で賑わっている。
煮あさりと葱、玉子の松浪焼、牛挽肉、キャベツ、玉子の芳町焼、三つ葉、小柱、蒲鉾、玉子の浪花焼、合鴨肉と葱の鴨天など、オリジナルのお好み焼きは、いずれもその組合せの妙で舌を喜ばしてくれるが、中でも特にお奨めしたいのが浪花焼きである。
ホットケーキのようにふんわりと焼き上がる、松浪独特のお好み焼きを口に運ぶと、三つ葉の爽やかな香気、蒲鉾の弾力に富む歯応え、そして小柱の甘みが流れ出て、思わず顔がほころぶ。
そして味付けは、ソースより抜群の相性を見せる醤油を選ぼう。
焼けたら、片面に醤油を塗り、塗った面を下にして軽く焼く。すると、焼けた醤油の香ばしさでするすると胃袋に収まってしまう。さらには、ソースのダイナミズムと違って、醤油は種のうまみや、生地自体の粉のうまみを、正直に伝えてくれる。
そんな松浪のお好み焼きは、日本酒の肴として酒飲みにも奨めたい、東京が誇る小粋なお好み焼きなのである。