赤坂 しる芳  

東京の京都。 

食べ歩き , 寄稿記事 ,

親 子 椀  千八百円
親子椀は、赤坂の裏通りに風格ある佇まいを見せる、割烹料理屋「しる芳」の昼定食である。
水打ちされた石畳から玄関を抜けて案内されるのは、お座敷ではなく、玄関脇にしつらえられた、気さくな雰囲気が漂う小体な部屋である。
といっても、そこは割烹料理屋。漆の盆と箸がセットされたカウンターに座れば、目前の大きな窓越しに、竹や笹、灯籠や岩が配された坪庭が広がり、先ほどまでせわしない都心の只中にいたことがうそのように、ゆったりとした時間が流れる。
店の方も奥に引っ込まれていて、注文時と料理を運ぶ際に登場するだけなので、ほかにお客さんがいなければ(この値段設定ゆえか昼時をはずすと、ほとんど客はいない)、静かに静かに昼食をいただくことができる。
注文をし、まず出されるのが、若竹煮、茄子の煮びたしと小芋の煮物、飛龍頭などが盛り合わされた二つの小鉢とお新香。これをちびちびと食べながら庭を眺めていると、やがて味噌椀とともに親子椀が登場する。
金銀の蒔絵が施された漆のお椀の蓋を取ると、湯気ととも現れるのは、はっと息を飲むような艶やかな親子椀だ。
丁寧に攪拌された玉子は、生の部分など微塵もない半熟状態で、小さな小さな泡を所々で立てながら、ふんわリとご飯に覆い被さっている。その玉子の黄色い布団の中より顔を覗かせている、緑色の青葱と鳥肉。たまらず、唾液に促されるように、碗を持ち、かっこみ始める。  口の中で玉子は、甘みとともにムースのように消え、葱の香りが立ち、皮をはずされた鳥もも肉は、柔らかく滋味に溢れる。
熱々のご飯にたっぷりとかけられたダシは、甘くない関西風の薄味で、塩や醤油が舌に当たらない。さらりと舌の上を流れながら、うまみだけが残る、実に上品な親子椀である。
上品ながら、合間に小鉢を食べるのを忘れてしまうほど、ひたすら食べ手を没頭させ、ぐいぐいと引き込んでいく力がある。
だが考えてみれば、いくらおいしいとはいえ、昼食に親子椀を食べて千八百円というのは、高い。高いが、昼すぎにこの店に出かけ、庭を見ながらゆるりと過ごす、日常から開放される一時は、都会に働くものにとっては、意味のある贅沢なのではなかろうか。