松茸の土瓶蒸し

食べ歩き ,

いつ頃からだろうか。
松茸の土瓶蒸しが出ても喜ばない、嫌味な奴になったのは。
香りはするが、それほどでもない。
鱧の味が出すぎて、松茸の繊細が失われている。
ちまちま飲むのが、飽きてくる。
落ち鱧といえど、鱧と松茸の互いが、持ち味をぶつけすぎて、合わないと思うようになった。
だが一度「なかひがし」で、「イワナと松茸の土瓶蒸し」をいただいたことがある。
これは岩魚と松茸の香りが、自然のなりわいとして手を結び合い、山中に響いていく感嘆があった。
このイワナと松茸の摂理を知ってから、ますます鱧と松茸に疑問を抱いていく。
先日「浜作」で初めて、松茸土瓶蒸しをいただいた。
立派な松茸を割き、鱧を骨ぎりし、葛を打ち、湯に落とす。
温めた土瓶に松茸を詰め、出汁を注ぐ。
細い蓋つき小鉢に、湯から上げた鱧を入れる。
以上を数分以内に、松茸と鱧の精気が失われないように、シンクロさせながら進めていく。
蓋口まで、ぎっしりと松茸を詰めた汁は、松茸のエキスに満ち溢れて、松茸を丸ごと口の中に突っ込まれたかのような、圧倒感がある。
それでいて、地平線の彼方まで優しい。
しばらく飲んで、今度は鱧の小鉢に汁を注ぐ。
すると、鱧の凛々しい脂と旨味が汁に溶け出して、鱧を生かす。
松茸の香りには、その生命力を讃えているような喜びがある。
こうして交互に食べていく。
互いは、別の器で一緒になりながらも尊重しあい、高みに登って行こうとする。
そこには松茸土瓶蒸しという料理の、孤高なる美があった。
浜作の全料理は、別コラムを参照してください