東大前「呑喜」

食べ歩き ,

東大前「呑喜」を訪ねた。江戸の味だ。
最近はコンビニまで薄味で、よそよそしいが、これは昔の東京の気のおけない味である。
甘くて辛いが、味に甘えはなく、舌に丸く、キリッと後味がいい。

「大根」と頼むと「すいませんねえ、後一ヶ月ほど待ってください」と、ご主人が答えた。
牛すじはなく、ジャガイモもおかず、冬しか大根は置かない。

「お客さんの中には、鍋が丸いねえなんていう人もいるけど、ありゃあ戦争でみんな弾になっちゃったからねえ。戦後は仕方なく四角いアルミのバットでおでんを炊いてたんだ。それで今のおでんはみんな四角よ」。
昆布巻きもないのは、江戸時代からの決まりで、鰹だしで煮るからだ。
その分、タネからコクが染み出でる。
袋の中身は、牛肉とシラタキと玉葱。つまりすき焼きってえわけだ。

「爺様の頃の袋はねえ、季節の味って、銀杏やら竹の子やら茸入れて福袋って呼んでたんだけどね。ここは学生さんが多いでしょ。みんなパクって食べて、気が付かない。だからやめちゃった」。
ガンモもハンペンも豆腐もつゆが、じゅわりと沁みだし、心が温まる。

「白ちくわ」と頼むと、「すいませんねえ。白ちくわも信太巻もないんです。千葉でやってたんだけど、工場を小名浜に移してね。全部壊れちゃったんでさあ」。
「白ちくわはちくわぶとは違いますよ。似てるけどね。白ちくわは魚のすり身、しかも焼き竹輪と違って雑魚じゃあない。ちくわぶはうどん粉で作っってるからね。全く違うのでさあ」。震災は、老舗にも影を落としていた。
親父と話していると、東大生が四人入ってきた。
「がんも、豆腐、芋、コンニャク、袋」銘々が頼む。
豆腐をつまみながら、「社会が人間を選び、人間が社会を選ぶんだ」と論議している。
論議しながらも、間をおかずおでんを食べているのはエライ。

墨跡鮮やかな「呑喜最佳」の額を尋ねると、文部大臣であり学習院長であった、阿部能成だという。
この味はいつまでも続くのだろう。

四代目、痩身のご主人は、八十を超えたあたりで、タネを乗せた皿を出す時、やや手が震えるのがわびしい。
最後に茶飯を食べた。これも昔っからの東京の味である。
素直なてらいのない味が、しみじみとうまい。


つくづく思う。東京人として誇れるのは、こんな時だと。
意地悪にも思う。これを知らない東京人は不憫だと。

「ごちそうさま、おいしかったです」。というと、ご主人が顔を崩す。
そうして、明治20年より、客の愛着と酒とおでんの汁が染み込んだ店を後にした。