東京とんかつ会議49
浅草「ゆたか」ロースかつ定食2000円
【肉3油3衣2 キャベツ2ソース3御飯3味噌汁2お新香2特記蟹コロッケと肴1点 合計21点】
各項目3点満点、特記1点、合計25点満点
大抵のとんかつ屋には昼時に出かけるが、この「ゆたか」だけは、夕方から夜に出かけたくなる。なにより、小ざっぱりとした、しもた屋風の粋な店構えが素晴らしい。そこには古き良き料理屋の誠実と矜持が漂い、夕刻、明かりが灯る頃合いに暖簾を潜るのが、なんとも心地よい。
そしてもう一つの理由が、「かつ前」である。そば前ならぬかつ前とは、ぼくが勝手に命名しているだけだが、居酒屋並の肴が充実しているのである。板わさ、まぐろぬた、焼き鳥、塩辛、酢の物、茶碗蒸し。腹が膨らまない程度の、酒飲みのツボを心得た肴が用意されている。居酒屋に比べると多少高いが、いずれも味に筋が通って、酒が進む。
とんかつを食べに行くときは、今すぐ食べたいと思うものだが、この店ではそんなとんかつ愛を、少し焦らせてやる。かつ前で一杯やって、とんかつの思いを膨らませるのである。
とんかつは、端正な姿で登場する。肉の断面はしっとりと輝き、きめ細かい肉はほのかな甘みがあって、肉汁も豊かで、脂もすうっと溶けていく。油のキレよく揚がっているのだが、生パン粉の衣はサクッとおいしいながら、中粗ゆえに、やや油を吸って重たい面が下側にあるのが残念である。
味噌汁は豆腐の赤だし、キャベツは丁寧に切られてみずみずしく、ご飯も香り高くおいしい。ソースは切れのいいウースターのみ。肉はそのままでも塩でも。このキレのいいソースでもおいしい。これだけの充実ラインナップであるのに、おしんこが糠漬け大根の刻んだものだけというのはいささか寂しい。単品のお新香は500円だが、キュウリ、蕪、人参、きざみ大根、きざみ沢庵、古漬け胡瓜のきざみでどれも申し分なかった。これのミニバージョンでも用意してくれたら、より魅力的になるだろう。
カニコロッケは、カニの香りに満ちて、おいしい。ついでにコンビネーションサラダも野菜がみずみずしく、素晴らしかった。こうした、真っ直ぐな職人の心が通った下町食堂で過ごす清々しい時間は、今や貴重である。