巻いてあるのに巻いていない。
巻いてないのに巻かれている。
バリンッ。
春巻をかじると,上にふわりと巻かれた皮が,威勢のいい音を立て、弾けた。
そのまま歯は、中心の巻を突き破り,海老の優しさに包まれる。
余分な水分だけが抜かれた、海老の品のある甘みが、外側の凛々しい皮の食感によって、守られている。
歯がむずむずとしてきた。
「また噛みたいんです」と、せき立てる。
バリンッ。ふわり。
普段は,あまり海老を、ありがたくは思わなくなっていた。
だがこうして食べると,海老の希少な気品に感じ入り、感謝の念が膨らんでいく。
「春巻は、皮の裏面に餡を置いて巻きます」。小林シェフは,そういわれた。
春巻の皮に、表と裏があることを知らなかった。
鉄板で焼き上げる時に,鉄板に当たっている面が裏で,逆の面は表でつるんとしている。
裏に餡を置き、両端を畳んで,きっちり巻く。
だが最後の一巻きは,皮を持ち上げるようにして空間を作り,慎重に巻き閉じる。
揚げるときは、常にお玉とジャーレンを動かしながら、鍋底にあたらぬよう揚げ、時折優しく油をかけながら、天ぷらと同じように、海老から余分な水分が出た一点を見切って、上げる。
こうして二つの異なる食感の皮が生まれる。
海老が生かされる。
食べて思う。
春巻もまた、皮が命なのだと。
六本木「KOBAYASHI」にて