「炭火割烹いふき」

新しい驚き

食べ歩き ,

長年牛肉を食べてきた。
だがまだ新しい驚きや発見がある。
噛むたびにその肉は、「知ったつもりになるには、お前はまだ若い」と言われているようで、ぞくっとした。
あの新保さんでさえ、焼かれ、切られた断面を見て
「この断面だけ見せられてどこの部位かと聞かれても、わからないかもしれない」と言っていた。
5回お産したという、吉田牧場ブランスイスのヒレ肉である。
数々の肉を焼いてきた山本さんも苦心を重ねた様子で、
「どこまでどうやって焼けば肉が生かせるのか、切り方も、どの方向からどれくらいの大きさで切ったら、口の中でこの肉のうまさが発揮されるのか。悩みに悩みました」と、苦笑いをされた。
断面の繊維が片方は波打ち片方は斜めに入っている。
この縦横無尽の繊維の入り方はヒレ肉とは思えない。
人間でいえば腸腰筋となり、上半身と下半身をつなげている重要な筋肉である。
牛舎で飼われている牛と違い、急斜面の野山を動き回っているため、複雑な動きと筋力が必要とされたのだろう。
だからこそ複雑な筋繊維となったのかもしれない。
噛めばそれは、我々の知ったるヒレ肉ではなかった。
グッと顎に力を入れなければ、歯が肉にめり込んでいかない。
ヒレ肉は柔らかいという常識をなんなく超えて、勇猛な噛みごたえで、何回も噛ませようとする。
噛むごとに肉汁が流れ、止まることを知らない。
噛み噛む。噛み噛む。噛み噛む。
ようやく、喉に落ちようとした刹那、ヒレ肉の優しい滋味が、ほの甘いような香りが滲み出て、心を撫でる。
こうして人間は、勇猛から優しさへと変化を見せる肉を噛みながら、計り知れない自然の手強さに、ただただ感服するのである。