悩みに悩んだあげく、雷鳥一羽をもらうことにした。
「では前菜を軽くしてください。お任せします」。
「はい。かしこまりました」。
やがて出されたのが、モンサンミッシェルのムールである。
この軽さなら、いい。
ムールのエキスと冷えた白ワインを合わせる。滋養が胃袋に染みて、食欲が叩き起こされる。
これで雷鳥への迎撃態勢が、整った。
しかしムール貝を食べ終わると、シェフが前菜盛り合わせと運んできたではないか。
なんとムールはアミューズであった。
生ガキ。金糸瓜にブルターニュ産オマールと明石ダコの冷製、ニシンソース。サフラン風味のポタージュ。
うまい。うまいが、雷鳥を食べきれるのか。
もう居直った。死んでもパンには手を出さんが、雷鳥への闘志をかきたてる。
やがて、シェフが縛った雷鳥を持ってきた。
「ラヴェンダーを詰めています。草食系なので、ニンニクを入れると,ニンニクが勝ってしまう。でも少し臭みがあるので、ラヴェンダーで中和させます」。
素晴らしい。だが予想以上にでかい。
これは前菜を食べたという記憶を、消すしかない。
さあそしてメインがご登場した。
人間に食べられることなど、微塵も考えてない鳥は、人間の舌におもねることなどない。
噛むと苦みを感じるが、それは肝や鉄分とは違う、大地の苦みである。
しぶとく、揺るぎなく歯にからみつき、舌に問う。
筋もたくましく、前歯で噛みちぎることを許さない。
だが、噛んで噛んで噛み締めれば、奥に滋味が潜んでいることに気づき、コーフンさせるのである。
シェリーヴィネガーときび糖でカラメルを作り、フォンで溶き、肝と血でリエゾンした焦げ茶のソースは、ショコラを思わせるような甘みと酸味があって、肉の野生を包み込んで色香を加え、赤ワインを恋しくさせる。
胸肉を制覇し、さあ腿だ手羽だ、脳みそだと思えば、フォアグラの厚切りが二つ現れた。
さすが「ル・ビストロ」である。
食べれば、フォアグラの滑らかさと香りは、猛々しい肉を食べゆく我の、箸休めとなる(フォアグラが箸休めとは!)。
ようやく食べ終わり、パンでソースを拭って一息つくと、宇野シェフは言う。「ファーブルトンが焼けてます」。
食べますよ、食べますよ焼きたてのファーブルトン。熱々に目を細めながら食べ終われば、宇野シェフが言う。
「よう食べますねえ」。
あんたが出したんやないかと、心の中で叫びながら、「おいしかったです」と笑うのであった。。
三宮「ル・ビストロ」にて。