築300年という屋敷は、奥能登の寒村にひっそりと佇んでいた。
天領の庄屋宅であったという屋敷が、静かに時を重ねている。
中に入ると、座敷には囲炉裏が切られ、自在鉤に下げらた鉄瓶が湯気を上げている。
「いらっしゃいませ」。
温和そうなご主人が現れて、挨拶をした。
ここは蕎麦屋である。
古民家をリノベすることなく、そのまま使った蕎麦屋である。
もりそばは、包丁の冴えを感じる細さで、手繰れば、甘い香りを伝え来る。
かけそばは、ねっちりとして、甘汁に負けぬたくましさがある。
突き出しの栗の素揚げや蕎麦豆腐もよく、しみじみとしたうまさが募る。
そしてなによりも、ここに流れる時間に身を置きながらたぐる蕎麦は、愚直さが膨んで、胃の腑にゆっくりと落ちてゆくのだった。
奥能登「そばきり 仁」。