変わらないもの。
今から50年前、軽井沢は遠く、東京から車で5時間はかかった。
横川に着くと、おぎのやのドライブインに入るのが習わしで、小学校4年の僕は、そこで立ち食いそばを初経験した。
そばといえば、かぎもと屋か店屋物かしか知らない。
東京でそばを外食することなど、ありえなかった。
熱々のいい香りのつゆをからめて、細いそばがのぼってくる。
時折葱がシャキシャキと一緒にのぼってくる。
車旅の疲れと空腹に、立って食べる非日常の調味がきいて、ああ、世の中にこんなおいしいものがあったのか。
大人達は、こっそり食べていたのだな。ずるい。
と、なにかを越えた気分となった。
生卵がかけそばに入っているのも衝撃で、後で潰して食べると、妙に旨い。
東京を出る時より、横川はまだかなと、首を長くしていた。
食い意地が張った小学生は大人になり、各地の駅そばを食べ歩き、立ち食いそばの連載もするようになった。
軽井沢駅には、おぎのやの立ち食いそば店がある。
注文すると、「茹でますので3分お待ちいただけますか」と聞かれる。
茹でられた生そばは、唇に滑らかで、歯にしっとりからみつく。
つゆは濃すぎず出汁の香りがきいて、熱々で出される。
この味である。
半世紀の間、まったく変わっていない。
その事こそが、この弁当屋の誠実を物語っている。