坦々麺の魅力は辛味だけではない。香りや甘味、風味の変化を楽しむべし。
溶岩流のような赤いスープに茶色の肉味噌と彩りの青菜。
麺をすすろうと持ち上げれば芝麻醤が顔を出す。
「坦々麺」といわれて思い出すのはこんな光景である。
しかしこのスープ式坦々麺は、かの陳建民氏(四川飯店創始者)が日本人に合うようにと考案した日本式坦々麺なのである。
中国四川省で生まれた坦々麺は、天秤棒で担いで売り歩いたことから坦々麺と呼ばれたのだという。
担いで売っていたこともあり、本来の姿は汁なし、汁少量なのだ。
そこで一軒目は、従来のスープ式坦々麺は彼女に食べさせて、おれは由来を偉そうに語りながら汁なし正調坦々麺を食べたぁい。という望みをかなえてくれる店を紹介しよう。
上野毛「吉華」(閉店)である。四川料理の名手久田大吉氏が仕切るこの店では、スープ式も正調も、昼夜共にいただくことができるのだ。
正調は、茹で麺と少量スープのあえそば仕立。
芝麻醤、醤油、酢、辣油、芽菜(四川の漬物)、ザーサイ、ネギ、山椒、干しエビによる濃厚なタレを玉子麺と混ぜて食べ進めば、ぐんぐんと香りが膨らみ、箸を持つ手が加速する。
なるほど正調は、辛みより複雑な香りで食欲を増進させるのかと納得する次第。一方のスープ式も、喉奥に切りつける鋭い辛みと胡麻の優しき甘みと香りが調和した、痛快な坦々麺だ。
お次はちょっと変化球で恵比寿「龍天門」の「合桃坦々麺」。
オレンジ色のスープに点在する白い液体はクルミのペースト。
スープをすすれば、クルミの甘みとコクが広がり、後から辛味が暴れ出す。
この甘味と辛味のせめぎ合いが絶妙で、フーフーと汗を滴らせながら、最後の一滴まで飲み干してしまう。
この坦々麺が気に入ったら、次回は冷製「涼味坦々麺」を。
クルミペーストと白味噌を混ぜたスープに、豆板醤や酢による赤色液体を流した坦々麺で、最初のほの甘い口当たりから、次第に辛味のジャブが効いてくる。
冷たい麺なのに食後は汗だくという不思議な麺である。
最後のご紹介は富士見台「源烹輪」の迫力坦々麺。
花椒(中国山椒)の実と赤唐辛子、黒胡麻が浮かぶ凛々しい姿の通り、赤唐辛子と山椒の香りがぐらりと頭を揺らし、酸味、辛味、甘味、痺れが次々と舌を翻弄して、体中から汗が吹き出す。
この味わいの変化と鮮烈な香りがくせ者で、麻薬的効果を生み出して虜になってしまうのである。
この三つの坦々麺を食べて気づくのは、坦々麺とは決して辛味だけの麺ではないということ。
甘みの底力、豊かな香り、風味の変化があってこそ人を引き付け、猛暑で痩せた食欲を鼓舞するのである。
写真は趙楊